国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその18
■ヨーロッパに浸透する日本語
娘がパリで演劇を学んでいた頃のフランス人の友人で、日本にも訪ねてきたことのある子がいる。
この夏、10数年ぶりで再会したが、以前にも増して感受性の豊かな魅力的な女性に成長していた。
昨日、その子から来年1月に出産予定の子供の名前に日本名を付けたいので、日本語を考えて欲しいとのリクエストが娘のところに舞い込んだという。
個人的に数週間日本を訪れたことがあるだけで、パートナーも仕事も日本とは縁もゆかりもない。
10年以上前になるが、在日フランス大使館勤務のご夫妻の娘さんが結婚し、男の子が授かったときにも、兄のときはNAOKI、弟のときはKEIZOと命名したいと相談を受けて、それぞれ当てはまる漢字名を選んで送ったことがある。このときも、その娘さんは幼少時を東京で過ごしたことがあるものの、ボルドーに住むごく普通のフランス人同士のカップルだった。
フランス語になった日本語は結構たくさんあって、柔道用語や津波(TSUNAMI)を始め、日本食の素材名などはいまや普通のスーパーにも溢れている。
SUSHI、BENTO,KOMBU、SURIMI、WAKAMEからSHIITAKEやKAKIにいたるまで、歴史的にも相当前から浸透しているものもある。
これは、フランスに限らずヨーロッパ全体に言えることだ。柿(KAKI)に至っては、スペインが、中国についで世界第二位、日本の2倍以上の生産量があるのだ。結構高価で、1個150円前後する。
グリコがこちらで販売するポッキーは「MIKADO」ブランドで大人気だが、こちらの有名クッキーメーカーなどが、同じく「MIKADO」ブランドで、ほぼ同じものを販売している。細長いスティック状の棒を崩して遊ぶゲームの名前が「MIKADO」だったから、おそらくは相当前から一般名詞化しているということなのだろう。
フランスのTVクイズ番組の中にも難解な日本語が答えとして登場することが増えた。
「MINKA(民家)」とか「KENDO(剣道)」などの単語が答えとして平気で登場するのだ。
イギリスでもスコッチの名門、シーバスリーガルが、高級ブレンドウイスキー「ミズナラ」を売り出して日本でも話題になったことは記憶に新しい。
空前の日本製ウイスキーブームに乗ったブランディングで、香り付けの熟成樽を日本と同じ「水楢」製にしたことによる。
余市産のウイスキーが、どんぐりが採れる北海道産の水楢の樽詰めを使って、日本産のウイスキーの地位を一気に高めた背景がある。
ちなみに水楢はしいたけ栽培にも広く使われる日本ではおなじみの樹種だ。
それにしてもヨーロッパでの日本ウィスキーの人気は凄まじい。かなりの高級品だし、私などは日本では見たこともないブランドも普通のスーパーの棚に並んでいる。
フランスでは、新しい単語を正式にフランス語にするときには、アカデミーフラセーズが、その男性名詞(le)か、女性名詞(la)かも含めて認定する。
ごく最近では日本製「ゲームボーイ」が、フランス語女性名詞[la]として認定された。Boy がなぜ女性名詞なのか、さっぱりわからない。もっともフランス語の単語自体の性別規定がどういう基準で決められるものなのか私にはよくわからない。同じ名詞でもスペイン語やイタリア語と性別が違うものも結構多いから、基準など知るよしもない。
最近では、マーケティング上の日本名ブランドも多く、マルチクッキング調理器具の「NINJA」などは、日本的なルーツはどこにもない。
建材メーカー「TRYBA」のマスコットはなぜか力士だ。TVCFにも登場するし、町中のショップのファサードにもディスプレイされている。
結構長いこと使っているマスコットだから、人気も高いのだろう。
時々本物の力士風のタレントがまわしにサガリをつけて登場することもある。
電動自転車の「NAKAMURA」も日本とはなんの関係もないとのことだ。
日本語的響きが高性能イメージを醸し出すとみられる。
同じ「NAKAMURA」でも、最近のフランスヒットチャートの常連「AYA NAKAMURA」はアフリカ、マリ出身のポップ歌手の芸名だ。
アメリカ製のTVドラマに出演していた日系人役の名前が単にかっこいいからつけただけだという。もちろん日本とはなんの関係もない。
昔、私の会社にインターンシップで来たフランス人の女子学生が結婚して実はご近所に住んでいるのだが、そこの娘さんが子供の頃から日本の原宿ファッションやアニメにすっかりハマってしまったという。今大学の美術学部でアニメを専攻している。日本には一度も行ったことはないが、スタジオ・ジブリで働くのが夢だという。
今でも放映している「キャプテン翼」を見てサッカー選手を目指したという有名プロ選手も多い。あのジダンやベンゼマも子供の頃みていたという。ドラえもん、ポケモンは若い世代なら誰でも知っている。
もちろん、フランス人全般が日本大好きというわけではない。昔よりはエキゾチック観が薄れたという程度だろうが、いちいち説明しなくても済む事柄が増えたことだけは確かだ。
しかし、街中で日本語で話していると、時々、今の言葉は何語か?ときかれることがあるし、日本に行ったことがあって、久しぶりに日本語を聞いたと話しかけてくる人にも何度か会った。基本的には全く別の珍しい文化に見えていることは事実なのである。
しかし、コロナのせいで日本はまた遠くなった感がある。ごく一般の人にはまだまだ遠く謎だらけで誤解も多い国であることはしばらく続きそうだ。
中国と日本の違いがよくわからない人間もいまだにいるから、パリの移民の多い区域などでは、コロナ禍以降の理不尽な中国人攻撃の矛先が日本人にも向けられることがあると聞く。
まあ、これは差別というよりは無知から来ていることだ。日本でも同じようなもので、昔出入りの電器屋のオヤジさんから、「フランス語と英語って違うの?」と真顔できかれたことがある。アラン・ドロン人気が絶頂期だったころのアンケートで、日本で一番有名なアメリカ人は?という問の答え一位はアラン・ドロンだった。
日本が注目され好感を持たれている原因は、ヨーロッパから遠く離れたところで、全くコンセプトの違う独自の文化が現代の先進国で花開いている事による。
フランスには昔からエスニックフードが数多くあるが、日本食の洗練さに匹敵するものはない。最近のフランス料理がもっとも影響を受けている食文化だろう。
イスラム教やユダヤ教との葛藤が未だに続くこちらから見れば、日本の宗教観もまた謎に包まれている。タイなどの仏教国とも大きく違うし、結婚式や季節祭事に若者も参拝を欠かさない神道の教義も今一つミステリアスだ。しかしなんと言っても平和に見える。宗教的対立など無縁の世界だ。
世界中のホテルはどこへ行ってもそのシステムはほぼ同じだが、日本にだけは伝統的な、洗練された旅館というシステムが今でも生きている。温泉旅館も日本にしかない。G7の一角にある国の中で、飛び抜けて特殊な伝統を保持している国なのだ。
こちらでのステレオタイプの日本人観には、礼儀正しく従順で、自己主張を控える体制順応型というものがある。
ところが、東京に来てみると、街の建築物はそれぞれ自己主張のオンパレードで、青山通りの街並みなどには、全く調和しようという意思が感じられないことに困惑するという。
個人主義的で個性を大事にするはずのこちらでは、同時に街並み景観も大事にする。外壁のペイントも日除けテントのテキスタイルもしっかりと規制されているのだ。
さて、私自身もフランスに来て以来、未だに理解できない不思議なことが多いが、それがこの国の一つの魅力になっていることは否定できない。
ヨーロッパ人が日本に抱く、不可思議感もまた、同じように日本の魅力の一因になっていることは確かだろう。
コロナ禍のあとの世界がどうなるか、全くわからないが、日本のこのミステリアスな感覚が色褪せず、平和な繁栄が続くことを願うばかりだ。