国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその23

■国名と体制

 先日、英国が離脱したEUでは「英語」をいつまで公用語とするかの議論が始まったとのニュースがあった。

「英語」はフランス語では「Anglais=アングレ」だ。

「Anglais」は明らかに「Angleterre=England」から来ているから「England語」のことを指す。

フランスでも英国を「Angleterre=アングレテール」と呼ぶから「英語=English= Anglais=England語」で整合する。

しかし、フランスでも毎年熱狂するラグビーイベント「6Nations Rugby」では、「England= Angleterre」は、英国の正式名称「United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland=通称UK」からいえば連合王国を構成する4つの「Nations」の1つに過ぎないことになる。

つまり、「イングランド=England= Angleterre」「ウェールズWalesGalles」「スコットランド=Scotland= Ecosse」「アイルランド=Ireland= Irlande」の一員だ。

英国領アイルランドは、カトリック系住民の多い南側が、1937年に共和国として独立したから、連合王国の一員として正式には「Northern Ireland」と表現する。

それぞれが独自の言語、国旗と国歌も持っている。

英国に限らずヨーロッパの国々はどの国も近代国家が形成されるまでの長い歴史を引きずっていて、一筋縄では整理がつかない。

ちなみに6Nationsの残りの2カ国はフランスとイタリアだから、英国内の4カ国は、それぞれ形式的にはフランスやイタリアと同等のステータスを持つことになる。

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6 Nations Rugby 参加国。上左から、「イングランド」「スコットランド」「ウエールズ」。下左から「フランス」「イタリア」「アイルランド」のそれぞれ国旗



また、北アイルランドを除いた島全体を表す「Great Britain」は、通称「GB」とともに統一国名として使うこともある。「Great」は日本語では「偉大な」と訳されることがあるが、実際には現フランス領の「ブルターニュ=Bretagne」を「Little Britain」と呼ぶことと対になっている、単に大きい方の島を表すだけである。先史時代からケルト系のブリタニア人が海峡を挟んで両方に住んでいた事による。

 

 フランス・ブルターニュ地方には、未だにブルトン語を話すケルト系の独特の文化を擁する誇り高きブルトン人が住む。

ブルトン語ウエールズスコットランドにも残るゲール語とルーツを共有するケルト系の言語で、互いの文化的絆も強い。

 

英国は自由主義圏先進5カ国(米・英・仏・独・日)の一員でありながら、近代国家としての統一国名が今ひとつはっきりしないという不思議な国なのである。

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EU加盟国時代の英国車のナンバープレートと靴のサイズ表に記された英国表示。車は「GB」、サイズは「UK」だ。

もしかしたら、日本でのみ通用する「英国」こそが最も分かりやすい通称かもしれない。

統一感の曖昧な英国では、最近スコットランドの独立問題が現実味を帯びだしたといわれる。

1999年に、住民のガス抜き目的で創設されたスコットランド議会がどうやら中央政府の意に反して独立派議員が3分の2に達しそうだとのニュースも飛び込んできた。

あのショーン・コネリースコティッシュスカートをはいて独立運動のデモの先頭に立つほどだから、国民の独立の機運はかなり根強いのだ。

スコットランドの女性宰相ニコラ・スタージョン氏はしたたかな戦略家で、周到な準備に余念がないとも聞く。EUへの加盟が可能になりそうなら独立は実現するかもしれない。ただEUにはスペインのように国内に独立機運の高いエリアを抱える国がいくつかあるので、なだれ現象を防ぐ意味でも当面は難しそうだ。しかし、スコットランド国民投票で、もしも独立が承認されれば、経済や安全保障面でも自立化の動きはますます激しくなるに違いない。

 

英国の体制の延長上にあるのが、カナダとオーストラリア、ニュージーランド等だ。

それぞれ独立国ながら、実は王国で、国家元首は今でも英国のエリザベス女王なのである。

同じ体勢の国はジャマイカ他「コモンウェルス・レルム=Commonwealth realm」として旧植民地が名を連ねているのだ。

カナダやオーストラリア、ニュージーランドが実は王国だとは、案外知らない人も多いのではないだろうか。

カナダなどは、G7の一角を占める国ながら、体制的には英国由来の王国で、元首はエリザベス女王。古いフランス語を公用語とする広大なケベック地域を内部に抱え、経済体制的には米国とほぼ一体という変な国なのである。

 

 

それにしても、国名ほど不思議で面白いものはない。

自国民がいくら自国名を声高に主張しても、歴史的に一旦外国から名付けられた国名(通称名)は決して変わらない。

日本は自国名を「日本=Nippon」と定めたが、英語圏での「Japan」、フランス語圏での「Japon」は決して変わらない。いくらスポーツの国際試合で「Nippon! Chya! Chya! Chya! 」と叫んでも、だれも「Nippon」とは呼んでくれない。

大国「ドイツ」も自国名は「Deutschland」。古高ドイツ語の「diutisc = 民衆」が由来という。オランダ語「Duitsland」、ルクセンブルク語「Däitschland」など周辺国は近い発音だ。

だが、英語圏の国では「Germany」、フランス語圏では「Allemagne」だ。それぞれゲルマン民族と、その一部であったアレマン族を指す言葉を語源としている。

北の隣国デンマークスウェーデンでは「Tyskland」という。

東西ドイツが統一されようが、近隣国からの呼び名は変わらない。

ほかにもサクソン部族を指す「Saksa」や「Sakamma」などという呼び方もあって、いくら歴史的に各国の捉え方が違うからとはいえ、同じヨーロッパなのに「ドイツ」を特定する呼び名としては、どうしてこれほど多彩なのか理解を超える。

 

フィンランド」は他国からはほぼ一致して「Finland」と呼ばれるが、自国語では「Suomi=スオミ」だ。似ても似つかない。だが全く知られていないし、言ってもわからない。

 

一方で「フランス」や「スペイン」「イタリア」のように、自国語でも各国語でもほぼ同じ呼び名のところもたくさんあるのだから不思議としか言いようがない。

 「アメリカ=America」は漢字圏の日本では「亜米利加」、中国では「美利堅」を当てている。略称は日本では「米国」、中国では「美国」となる。表意文字圏の人間にとっては、それぞれから発信されるイメージはかなり違う。

 

実は、ヨーロッパには、あまり馴染みのない小さな国がたくさんある。

一つひとつに、周辺大国との古い歴史的因縁があって、小さいながらも存続が許されているといってもいいかもしれない。

それぞれ調べるととても面白いのだが、きりがないので、私の住んでいる地域から比較的近くにある小国「アンドラ公国=Principat d'Andorra」について。

ここは国名というより体制が面白い。スペインとフランスの国境に位置する人口8万人ほどの小さな立憲君主国だ。国王を国家元首として戴いていて、日本も独立国として認めている。駐在大使館(パリの日本大使館内だが)も存在している。

しかし、この国は長年スペインとフランスが領有権を争って来た歴史があり、現在は両国の共同統治国である。国旗も両国の国旗を合体したものになっているのだ。

 

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アンドラの国旗

 

そしてフランス大統領とスペイン(カタルニア)のウルヘル司教が「共同公」として、2人の国家元首が政治と宗教の両面から統治しているのだ。

一方の司教は、スペインといっても独立の意識の高いカタルニアのカトリック最高聖職者だから、それ自体も単純ではない。国王の方は、フランス革命以前からの慣例で、革命前はフランス国王が兼務していた。そして現在も選挙で選ばれるフランス大統領が国王役で元首を努めているのだ。つまり、「フランス共和国」のマクロン大統領は同時に一国の国王でもあるのだ。

 

ヨーロッパから離れてしまうともっとわけが解らなくなる。

コロンブスがインドと間違ったことに起源がある「新大陸(これも恥ずかしげもなくよく名付けたものだ)」の西側のカリブ海の島々は、未だに「西インド諸島=英語: West Indies、 スペイン語: Indias Occidentales、フランス語: Antilles (Indes occidentales)、 オランダ語: West-Indië)」という。

インドからはるかに離れた島々に、間違って名付けたこともはっきりしているのに、呼び名を改正しようという気配はない。

先住民にいたっては不幸にも「Indian」と名付けられてしまった。

アメリカでは「American Indian」とか「Native American」とかの言い換えが一般化しているが、日常会話上では未だに「Indian」もよく使われる。

アメリカ人はそれなりに気を使っているが、ヨーロッパ人の会話上ではなんの遠慮もなく「Indian」という。

 

面白いのは日本で、違うと言われれば、さっさと変えてしまう。順応性が高いというか、こだわらないというか、文化的特徴の一つかもしれない。

例えば「中国」の呼称は戦前までは「支那」だった。つい最近まで「支那人」に「支那服」「支那蕎麦」だった。遠く始皇帝が治めた「秦」に由来する呼称で、英語の「China」、フランス語の「Chine」とも同じ語源だ。

よくわからないが、蔑称のニュアンスでもあったからなのか、「中華人民共和国」ができたとたんに、さっさと呼称を「中国」に変えた。そしてまたたくまに国民にも浸透した。

中華人民共和国」の英語名称は中国自らが「People's Republic of China」と表現しているにも関わらず、「China=支那」の呼び名をさっさとやめてしまったのだ。

おかげで、大和朝廷より以前の「中つ国」に淵源を持つ日本の中国地方の企業名は大迷惑だ。「中国銀行」「中国放送」「中国電力」は下手すると中国資本かと間違われるかもしれない。ただ、そうはならないところが、日本文化の妙だ。たいして困っているふうにも見えない。

ビルマ」がいつの間にか「ミャンマー」に言い変わったことにもほとんど抵抗がなかったように思える。「ああ、そうなの」って程度だ。

日本語では「インディアン」と「インド人」が同じと思っている人などいないし、「インディアン」と「インド人」でははっきりと思い浮かぶ顔つきがちがう。「チャンネル」と「チャネル」、「セミナー」と「ゼミ」と「ゼミナール」はちゃんと区別がついている。日本語は便利だ。

 

そもそも日本の国名には、「アメリカ”合州国”」「フランス”共和国”」「中華”人民共和国”」のような体制名がない。明治以降、新憲法制定時までは「大日本”帝国”」だった。何が「大」なのかよくわからないが「帝国=Empire」だったから「天皇」は英語では「Emperor」なのだ。今はただの「日本国」だ。今や「帝国」でもなく「王国」でもなく、もちろん「共和国」でもない。

もしかしたら「天皇=Emperor」や「皇居=Imperial Palace」を温存し、密かに「帝国=Empire」体制への復帰をじっと待っているのかもしれない。

しかし、古代中国から名前を借りた「天皇」の源意は北極星だ。天皇には北斗七星に当たる7人の守護神もついている。一方、天皇の祖先である日本の最高神天照大神。太陽である。太陽神が北極星由来の名前を使っていることになる。伊勢神宮の奥ではこの矛盾を克服するために、太陽と北極星が密かに合体される天皇自身が取り仕切る秘密の祈祷があるという。見たわけではないので詳しくは知らない。まあ、日本もなかなかどうして、変な体制なのである。

 

英国の話に戻ると、英国とフランスは昔から犬猿の仲と言われている。

イギリス人は、英語を使わずどこでも平気でフランス語をまくしたてるフランス人が大嫌いだ。フランス人は、まずい食事が平気で尊大な態度を変えないイギリス人が大嫌いだ。

歴史的にお互いの悪口の応酬にも遠慮がない。

しかし、15世紀にフランスを制覇したヘンリー5世イングランド王国の王室紋章のモットーにフランス語で「Dieu et mon droit=神と我が権利」を採用し、現在でも王室紋章のモットーとして残っている。

 

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フランス語のモットーが記された英国王家の紋章

 

また、英国の最高勲章である「ガーター勲章=Order of the Garter」のモットーもフランス語で「Honi soit qui mal y pense=悪意を抱く者に災いあれ」である。

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英国最高位のガーター勲章に記されたモットーと、贈られた各国王家の紋章バナー。天皇家の紋章もある。

エドワード3世が舞踏会でソールズベリー伯爵夫人ジョアン(後のエドワード黒太子妃)とダンスを踊っていたとき、伯爵夫人の靴下止め(ガーター)が外れて落ちた。これは当時恥ずべき不作法とされていたので、周囲から嘲笑された。しかしエドワード3世はそれを拾い上げ「悪意を抱く者に災いあれ(Honi soit qui mal y pense)」とフランス語で言って即座に自分の左足に付けたという逸話があるのだ。事実かどうか諸説あるそうだが、大嫌いなはずのフランス語のモットーは事実残っている。

 

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要はどの国も一筋縄では整理しきれない体制の矛盾を抱えている。

アメリカにしても、ピラミッドに目玉のついた「フリーメイソン」のシンボルをドル紙幣のデザインに使っているではないか。

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1$札の裏に記されたシンボル

共産中国の株式市場とか、1国2制度のわけの分からなさを嘲笑ってばかりもいられないのだ。


翻って考えてみれば、民主主義近代国家という一見合理的に見える統治システムの方にこそ、どこかに歴史のドロドロを収めきれない無理があるのかもしれない。