国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその17

 

■滞在ビザ延長手続きー顛末

 

11月に入って以来、第2次外出規制(confinement:コンフィヌモン)が続いていて、日常生活にはほとんど変化のない毎日だった。

ブログのネタを考えても抽象的になりがちで、このところしばらくは、正直書く意欲も沸かなかった。

 

ところが11月24日に、ビザの延長手続きに関して、やっと大きな動きがあった。

 

滞在ビザの延長手続きの詳細など、無縁の人にはまったく関心がないに違いない。

まあ、詳細の体験談を通じて、フランスの移民政策の現場の様子が少しわかる程度の関心がある方なら、読み進めて頂いても面白いかもしれない。

いずれにしろ、大して深刻な話でも、めちゃ面白い話でもないことは事実だ。

 

 

前日突然、翌日の25日9:45に県庁の支庁舎に出頭するようにとの連絡がきた。

申請手続きに着手してからほぼ2ヶ月がたっている。

外出規制中だったから、翌日でも対応は可能ではあったが、なんとも唐突だ。

バイヨンヌ(Bayonne)の支庁舎は、自宅から車で15分程度の距離だから、まあ実際にはそう大変な話でもない。

ただ、24日の夕方に私の携帯の留守電に再度連絡が入っていて、提出済の書類以外に、出生証明書(Acte de Naissance)を持参せよとのことだった。

 

それは最初の段階での必須書類の一つだから、2月か3月に提出済みで、あまりに時間がたっていて、どの段階でどういう形式で提出したものかもすっかり忘れている。コピーもとっていない。それに、今頃何のために必要なのかも皆目見当がつかない。

そもそも日本には出生証明書なるものの制度がない。

したがって、日本から6ヶ月以内の戸籍謄本を取り寄せ、在仏日本大使館でフランスの出生証明書の書式に作り変えてもらった上で、大使館クレジットの証明書が必要になる。依頼時には郵送が可能だが、受け取りは直接パリの大使館まで出向かなければならない。その上、前回はアポスティーユ (Apostille)という、日本の公文書であることの証明書も必要だった。

面倒なことに、これは東京の外務省でしか発行してくれない。アポスティーユの取り寄せも、大使館での受け取りも現地のだれかの手を煩わせなければ簡単には入手できない代物だ。日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)はかなり遅れてしまっている。

前回はこれだけでトータル2ヶ月ちかくかかっている。

それを前日の夕方に持参せよとの連絡がくるとは、なんにもわかっていない担当官だということだけはよく分かる。

 

いずれにせよ、ビザや滞在許可証の延長手続きは、その時期の社会情勢によってころころと仕組みが変わる上に、各県庁の方針によっても規則はばらばら。何より、直接の担当官の裁量権が大きくて、その人の能力や個人的経験、申請者の出身国に対する偏見などに大きく左右されるという。したがって、WEB上の体験談はほとんど役にたたないのだ。

その上、このコロナ禍と重なってしまったから、私は最悪のタイミングに遭遇してしまったといえる。

 

 

フランスに3ヶ月以上滞在しようとすれば、まずは日本でビザの取得が必要だ。私の場合は1年間の配偶者ビザだ。ただ、ビザは入国の際のステータスを示すだけで、実際に3ヶ月以上滞在する場合には、別途滞在許可証が必要になる。ビザが1年だと1年間の滞在許可証が必要になるのだ。

私の場合はコロナ騒動の直撃を受けたから、出だしから異例づくめだった。

まず、滞在許可証を取得するための諸手続きが遅れに遅れて、とっくに1年過ぎた今でも申請要件が整っていない。

一番重要な要件の4セッション、4日間にわたる市民講座受講義務が果たせていないのだ。3月の予定が7月にずれ込んだあげく、2回をすませた7月以降、次期開催のめどすらたっていない。もちろん、不可抗力なので、市民講座終了時には、「滞在許可証はまだ発行されないが、2回の受講履歴があるので、何の問題もない。この間、外国への行き来にも支障はない。」と言われていた。

 

滞在許可の延長申請とは、所有する1年間の許可証の更新申請を意味する。

ところが、延長すべき滞在許可証をそもそももらっていないのだから、その延長を申請することはできない。

で、どうなるかわからないが、とりあえず連絡待ちに徹していた。

しかし、9月に入っても何の連絡もなく、10月2日にはビザの期限が切れるので、少々気になりだした。とりあえず、9月中には確認をとるべきと思って、WEB上の問い合わせサイトから問い合わせてみた。もちろんすぐに返事が来るはずもなく、返事が来たのはビザ期限の切れた10月7日になってからだった。

しかも、ビザの更新手続きと滞在許可証の更新手続きは別物なので、ビザの更新手続きは正式に行わなければならない、との返信だった。ビザ期限の3ヶ月前から申請を受け付けているとのことだ。

そこで、早速申請書類を整え始めた。県庁のサイトを覗き、申請書類のリストを整理して、一通り揃え始めたのだ。日本には存在しない公文書など、わかりにくいものもあったが、申請書以外に、10種類の付帯資料が必要とある。

ビザやパスポートの写し以外に、メディカルチェックの結果や結婚証明書、重婚していない旨の宣誓書や実際に2人で生活している旨の宣誓書などが含まれる。極めて不親切なWEBの情報を、娘の助けも借りて丹念に読み解き、自分でリストを作った。

 

中に、配偶者の国籍証明書という項目があって、もう一つ詳細がわからない。

配偶者のパスポートでは足りないらしい。いろいろ調べてみると、所属県庁で発行する身分証明書のことらしい。フランス在住のフランス人であれば全員が持っている。

半世紀ちかく、フランスを離れていたので、我が配偶者はそれを持っていないのだ。

10月7日、バイヨンヌ市にあるアイデンティティ証明書発行センターを、飛び込みで訪れてみた。この時期アポがないと相談には乗ってくれないのだが、窓口がすいていたせいもあって、必要書類を持参しての9日9:00からのアポイントをその場で受け付けてくれた。

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バイヨンヌ市の証明書センター

手続き後、19 日に証明書が発行される旨の知らせが来て、当日早速受け取りに行き、その写しも同封した書類一式を20日には郵便局から発送することができた。

あとは、当局からの呼び出しアポ待ちだけだ。連絡の間隔は縮まってきている。

 

次に私宛に分厚い封書が届いたのは、10月30日だった。

開けてみると、先日送った書類全部と追加資料の指示書が入っていた。

要は、追加の資料を付けて全てはじめからやり直しせよというわけだ。

追加資料とは、二人が夫婦として同居していることを示す公的な資料を2〜3種類と、結婚していることを証明する3ヶ月以内の証明書を同封せよとある。

言いたいことは山のようにあるが、ここまで来たらひたすら従順に揃えることにする。

結婚の証明書はパリの区役所ですぐに発行してくれる。日本に比べてDXがかなり進んでいるので、意外と簡単にしかも無料で証明書をメール添付で送り返してくれた。

厄介なのは二人で同居している証明だ。電気やガスの請求書や、納税証明の類いに私の名前が載っていればいいのだが、どれもない。

いろいろ調べてみると、フランス人どうしのカップルでもこれには一苦労するらしい。

まあ、自動車保険の請求書や健康保険の加入証明等々、3〜4種類の私の名前が記録された書類をかき集めた。

WEB上に問い合わせ先の記載があったので、これでいいかどうかを問い合わせてみたが、予想通り何の返事もない。担当官は、手元に届いた資料を観て、その場でその時に好きに判断する裁量の余地を残してあるのだろう。

 

しばらく待ってはみたが、音沙汰がないのでそのまま送ることにした。なんだかんだで、結局全部そろえて再送付できたのは、11月19日になっていた。

 

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申請書への添付資料一覧表。X印付きは、追加で指示された資料。

 

そして、突然の出頭要請の電話連絡が来たのが11月の24日というわけである。

 

さて、電話での追加資料の指示にある出生証明書は到底間に合わないので、2月発行の日本語戸籍謄本と、大使館への出生証明書発行申請のフォーマットにある項目をなぞって、名前や出生地、両親の名前などをフランス語で記入した紙を用意した。

こうして25日朝、バイヨンヌの県支庁舎へ向かったのである。

県庁支庁舎はバイヨンヌの中央を流れるアドゥール(Adour)川沿いの官庁街にある。市役所庁舎は美しいが、川沿いの公園に沿った一角にある県支庁舎は周りに比べると殺風景ではある。

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バイヨンヌ市役所
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官庁街にある川沿いの公園



  

前庭に面した物々しい鉄格子の入り口フェンスでは、呼び出しベルを押してしばらく待つと、受付担当者がわざわざドアを開けに建物から歩いて出てくる。

建物に入れる前にチェックする建前なのだろう。

考えて見れば、これまで多くのテロリストもこの扉をくぐってビザ申請に訪れたわけである。フェンス越しに予約と名前の確認をしてから扉を開けてくれる。

 

建物にはいると、待合スペースがあって、その奥に窓口がオープンスペースで並んでいる。

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滞在ビザ延長申請窓口


 

担当者の対応を見比べてみると、それぞれかなり違う態度で接していることがわかる。金髪の若い女性担当者は、一切申請者の目を見ない。どこか遠くを観る目線で淡々と答えている。目を見ずに首を横に大きく振りながらなにかを頑なに拒否している仕草だ。私はあなた個人に寄り添って対応するわけではありません。との意思表示がはっきりと伝わる表情だ。

この人はきっと、これまで様々な体験を経て、こうなったのだろうなあと思わせる。決して楽しそうな仕事をしているふうには見えない。

20分ほど待つと、少し年配の女性担当者に名前を呼ばれて面談窓口に着席した。こちらは妻と同伴だ。

 

担当者は、こちらで送った資料一式を手元においている。

昨日のメッセージは受け取ったか?の質問から始まった。

出生証明書なるものを揃えるとしたら大変時間がかかるので、手元にあるものを自分で訳して持参した旨伝えると、相手は、書式上、私の両親の名前が知りたかっただけなので、それで全く構わないとのことだった。

何だ、それなら添付した家族手帳の写しに記載されているじゃない。と言ったが一切返事はなかった。

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家族手帳。結婚時の証人やお互いの両親の名前、さらにその後子供が生まれると詳細が追記される。

あっ、親の名前が必要だと思ったときに本人が思いついたのが、出生証明書だったというだけのことらしい。添付資料を詳細に読み込むこともなく、何が載っているのかもかる~く流しているだけのようだ。やれやれ。

 

私の両親の名前さえわかれば、他は問題がないらしい。3枚必要と記されていた写真が1枚多いとかで、返してくれたりしたものの、淡々とした事務処理が進んで、両手の指紋をデジタルスキャナーでとった後、ビザ延長の正式手続き中の証明書を渡してくれて手続きは無事完了した。証明書には有効期限半年となっているので、半年以内には新ビザが発行されるという意味なのだろう。

 

後は連絡が行くまで待ちなさいとのこと。何年有効のビザが発行されるのか?と聞いてみたものの、一切答えはなかった。言外に、全ては個別の事情に応じてこれからこちら側で決めることだ、との意思表示に見えた。

 

まあ、兎にも角にもこれから気長にご沙汰を待つことになる。

天気もいいし、近くのオープンカフェで一杯やりたいところだが、残念ながら全て閉まっている。

早く帰って家飲みだ。