国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその22 

■フランスのペット事情

 

フランスは矛盾の多い国だ。

 

犬連れ散歩中の人の愛犬溺愛ぶりや、様々なペット愛護の法律などを見聞するたびにフランスはペット天国のように思えていた。

カフェやレストランのテーブルの下で主人の会食が終わるのをおとなしくじっと待つ高度に躾けられた犬を目にするときには、一瞬あわれな気がしないでもないが、そこにペット文化の歴史の厚みを感じたりもしたものだ。

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フランスはペット天国なのか?


 

 

一方SNSには、森の中などに捨てられたペットのレスキュー映像や里親との幸せな生活などが頻繁に投稿されている。

つまり、ペットの飼育放棄が未だにかなり多いことを物語っているのだ。

 

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毎年捨てられる大量のペット

 

このギャップが気になって、少し調べてみたくなった。

 

調べてみると、驚くべき実態が浮かび上がってきたのだ。

 

フランスでは、毎年のバカンス前に飼育が面倒になった6万匹を超えるペットが集中して捨てられているというのだ。2018年の統計では、なんと年間で放棄されるペット数は10万匹にのぼるのだ。

 

一方、日本の環境省が発表した「犬・猫の引き取り及び負傷動物の収容状況」(2019年度)によると、全国の自治体が引き取った犬猫は合計1万4千匹ほどに上る。山に捨てられたり、飼育放棄されたり等の所有者不明の犬猫を含めると、別におよそ8万6千匹が引き取られているというから、把握されているだけで約10万匹のペットがすてられていることになる。

数字でみると、ペット先進国と思っていたフランスの飼育放棄は日本と変わらないし、人口比で言えばフランスのほうがよほどひどいといえる。

 

 

実はわたしにはペットを飼った思い出はほとんどない。

遠い記憶では小学校に上る前に、当時はたくさんいた捨て犬の子供を拾ってきて数日だけ飼ったことがある。ところが、ある日突然いなくなって悲しんだ思いがあるのだ。突然逃げ出してしまったと言われていたが、どうも父親がこっそりとどこかに捨ててしまったらしい。今でもその垂れ耳の黒い子犬の姿は脳裏に焼き付いている。

そのままでは可愛そうと思ったのか、父親がカナリヤを飼ってくれた。餌をあげるのは楽しかったが、糞の掃除は大変だった思いがある。コロコロとよく鳴いたが人になつきはしなかった。

川からすくってきたフナや、小さな金魚を飼ったりもした。

ただ、捨て犬を失って以来、人になつくタイプのペットを飼うことはなかった。

 

NYにいたころ、内装工事の仕事先に見事な金髪のゴールデンレトリバーがいた。私を見かけると飛びついてきて、腹を撫でると完全に仰向けにひっくり返っておとなしくなるのだった。

 

また、イーストビレッジにあったロフトにはスカイジャックという名のキジトラ雄猫がいた。家主でアーティストの佐々木耕成さんが飼っていた猫で年齢不詳だった。この猫も私にはよくなついていた。

1年ちょっとして、私がそのロフトをあとにしてパリに発つ日がきたときのこと。1月下旬の寒い日だった。

前日の夜、ベッドの上においていた私の厚手のアーミーコートの上になんと小便をされてしまったのだ。スカイジャックはそれまでいちどもそんなそそうをしたことなどない。私の出発を悟って、止めようとしたとしか思えなかった。いまだに生々しく蘇る思い出だ。

ボードレールの詩に猫は神だと謳う節があるが、私は今でも本気でそう思っている。

したがって、ペットについての思いを多少は話せる資格はあるかもしれない。

 

もう一つ、私には飼ったこともないペットについて何かを言ってもいいかもしれないと思える理由がある。

私は北海道大学獣医学部出身なのだ。

ただし、専攻した理由もいい加減だったし、獣医師免許も取得してはいない。

 

当時、理類に合格した学生は2年ほど教養部で学んだあと、学部に進学するに際して、希望学部と学科を選択する。

選択肢は他に工学、理学、農学、薬学等もあった中で、獣医学を選んだ決め手は卒業後の進路統計で、1位が「その他」、2位が「大学教官」というユニークさに惹かれたからだ。要は獣医学の分野で何かをしたいと思ったわけではないのである。もっとも、教養部の私の成績では、選択肢の幅がかなり狭かったことも事実だ。当時は希望者が少ない学部の筆頭でもあったのだ。今は、なぜかとんでもなく狭き門になっていると聞く。

志望理由が不純だったせいもあるし、70年安保闘争、大学封鎖の真っ只中でもあって、気がついたら休学してヨーロッパをヒッチハイクで回っていたというわけである。結局そのまま退学してしまった。

 

ただ、国立大唯一の学部体制で、学部1学年24人。教員のほうがはるかに学生数を上回るという恵まれた環境だった。ひと時代前には、北大獣医学部生の最低点が獣医国家試験の合格点であったと囁かれていたり、臨床獣医師になることをフィールドに降りると称すなど、鼻持ちならない自意識に満ちてもいた。

まあ、私はさっさとやめてしまったとはいえ、札幌円山動物園で亡くなった大型動物が寄付されて解剖に供されたり、人間では不可能な生体解剖などを体験することができた。巨大なキリンの死体から両手のひらに入るほどの小さな胎児を取り出したこともあった。

それは衝撃的な光景だった。

馬や牛の前脚の肩には、人間のような関節がなく本体骨格とつながっていないとか、蛇の骨格標本には4本の足の痕跡があることなど、新鮮な発見もあったものだ。

したがって、今でも犬や猫の内臓の位置がどこにあるか程度の知識はあるのだ。

 

 

さて、改めてフランスのペット愛護体制について調べてみると、いくつかの特徴が浮かび上がってきた。

一つはペットの全体数がとてつもなく多いこと。

 

ハムスターや爬虫類等も含めてペットの総数が約6500万匹、人口一人あたり1匹、世界1と言われている。

日本の犬と猫の飼育総数は約2000万匹と言われているから、他のペットを含めてもフランスは日本より相当多い。換算すれば日本全国で1億2千万匹のペットが暮らしていることに匹敵する。

最近の統計によると猫の飼育数が犬を大きく上回った。毎日の散歩負担がなく、エサ代などの経済的負担も少なく飼育が楽だからと言われている。日本も同じ傾向だというが、庭付きの戸建て住宅が多い私の住むあたりでは犬が多いようだ。公園や海辺ではリードを解かれた犬たちがのびのびと駆け回っている。

家から出ることがないせいか、猫はほとんど見たことがない

 

犬の糞のあと片付けキャンペーンもかなり行き渡ってきた。

一時期に比べると目に見えて減ってきたし、自治体の負担で普及している点も日本とは違う。

フランスでは無理だろうと言われていた禁煙や飲酒運転禁止処置と同じように、ワンちゃんの落とし物規制キャンペーンもかなりすすんできた。時代は変わってきているのだ。

 

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ビニール袋を備えた、犬の糞を捨てないようにとの間接的な注意書きのサイン。至るところに備え付けられている

 

 

もう一点は法的なペット保護政策が19世紀中旬から施行されていて、特に近年大幅に進展していること。

 

実態はともかく、ペットの飼育を放棄し道端や森に捨てる行為は、動物虐待や劣悪な環境での飼育と同等の罪に問われる。

最高で2年の禁固刑・30,000ユーロ(約380万円強)の罰金が科せられ、2度と動物を持つことができない。

また、犬をつないだままベランダに放置しているだけで、直接的な暴力でなくても、適切な環境で動物を育てていないと判断され通報されれば、刑法もしくは罰金が課せられる事もあるという。

フランスにはSPA(Société Protectrice des Animaux)という1845年創立の動物愛護組織がある。「1850年7月2日法(グラモン法)」という名称の動物虐待を禁止する条項が定められる5年も前に設立されている。

1845年といえば、日本では水野忠邦天保の改革が頓挫して、引退蟄居させられた年。開国、倒幕へと一気に歴史が動いたころだ。

現在では、SPAは警察機動隊と連携して、1年間だけで13,400件以上の動物虐待調査を実施し、救助活動を行っている。

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SPAの放棄ペットの保護活動

 

グラモン法は、のちに「1976年7月10日法」として動物愛護の規定を厳しくする形で補足されている。そこでは動物のことを「感覚ある存在」と明記することで、人間同様に肉体や精神への虐待行為をすることを禁止しているのだ。

さらにフランス独自の動物愛護に関する法律として「1970年7月9日法」がある。
この法律においては集合住宅でペットを飼育することをオーナーが禁止する規定は無効と定めている。

つまりアパートやマンションに入居をするときの契約内容に「ペット禁止」という条項を設けることが違法で、仮にペットを飼育したことを理由に退去を命じられてもそれを無効にできるのだ。

ただし飼育していたペットが他の住民に何らかの迷惑行為をした場合については救済の対象とならない。

保護動物や危険と判断される動物、例えば土佐犬・ボーアボール・ピットブルなどは対象外だ。

お店や飲食店の他にも、交通機関に乗る場合もペット同伴であることを理由に拒否されるということはない。

 

一方で、マイクロチップを注射で埋め込む方法による動物の固体標識の設置が義務づけられている。

フランスで動物を飼う時は、人間と同じようにかかりつけの獣医を決める。猫も、犬も健康診断し、予防接種、マイクロチップを体に埋め込むのだ。

母子手帳のような動物の手帳に登録するときのペットの名前には飼い主の苗字が入り、まさに家族の一員として登録される。

年度ごとに名前に使えるアルファベットの最初の文字が複数決められる。つまり名前を聞けば何年生まれかすぐわかるようになっているのだ。

そしてフランスでもSPAなどの働きかけにより、ようやく2024年からペットショップで犬猫の販売が禁止となる事が決まった。

私などからみれば、え、まだペットショップがあったの?という感覚だが、この国会採決はペットショップだけではなく、プロではないブリーダーも対象になり、今後ネットを使用した犬猫の販売も一切できなくなるとのこと。

今後、新たにペットを飼うには、プロの優良ブリーダーから購入するか、もしくは保護施設・シェルターなどから譲り受けるかの2択しかなくなる。

また、フランスでは生後8週間未満の子犬・子猫を購入できない。

親と一緒に生活させ、社会性を身に付けさせる期間が決まっているのだ。

実際は生後3ヶ月までは母親と一緒にさせるのが一般的だ。

生後3ヵ月以内の購入は、基本的にどのブリーダーからも拒否される。

 

ここまで歴史もあり、整備された制度をみると、まさにフランスはペットの天国のように思われる。

しかし、一方で年間10万匹の飼育放棄の現実があり、体に埋め込まれているマイクロチップを引き抜いたり、高級種の窃盗事件もあとを絶たないのだ。

ドイツやイギリスと比べても飛び抜けてひどい数字だ。

 

一方、ブリジッド・バルドーのような過激な私的動物保護運動家も多く存在する。

本人の全盛期には、実の子供の育児放棄で名をはせ、全裸でミンクのコートに包まれていたのだが。

「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」なる団体の活動家らが黒い液体を自ら浴び、ファッション業界での皮革の使用に抗議する集会がパリのエッフェル塔前広場で展開されたりもする。

実際、毛皮のコートなどはまず見かけなくなったし、皮革コートやジャンパーなども極端に減った。

 

フォアグラ農家やブロイラー農家、ケージ飼育する鶏卵業者批判も実験動物反対運動などとも連動して活発だ。はちみつ農家にさえミツバチの労働成果をかすめ取る残虐な行為だとして反対する者も現れている。

もちろん、イルカ、クジラの保護運動にもつながっている。

ビーガン(ピュアーベジタリアン)運動の高まりも無視できない規模になってきたし、魚も活造りなんかは完全にアウトだ。

行き着く先は精進料理の世界しかない。

 

ペット愛護の社会的高まりの先は、あらゆる殺生の禁止に向かって行くようにも見える。

こんな動きに人間はどこまでついていけるものなのだろうか?

 

そんな国で年間10万匹の飼育放棄が繰り返されているのだ。

何事にも、本当に振れ幅の大きい国だと実感するのである。