国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその21 

■フランスの医療体制

 

こちらに来て1年5ヶ月。フランスの医療制度の実態について、期せずして本当に詳しくなった。

かかりつけ医から各種専門医、検査入院に総合病院の体制から生体検査等のラボ。さらにリンパマッサージ師や言語矯正士に薬局のシステムにいたるまで、この間それはそれは高密度でお世話になったからだ。

病院のお世話にならざるを得なかったこと自体は嬉しいことではないが、実体験した様々な事象はとても幸運だったように思える。

 

フランスの医療制度は、様々な社会保障制度といっしょにここ数十年、改正に改正を重ねてきて、基本的には生活弱者に優しいものになってはきている。医療水準も世界で最高のレベルにあると言われている。

ただ、日本に比べると極度に分業化が進んでいるためにシステム自体が複雑で、診療予約から治療の完了までにやたら時間がかかるという難点も抱えている。

以下、具体的体験談としてまとめてみた。

 

まずは保険制度。

日本と同じ国民皆保険制度の元にあるフランスでは、全員がCPAM(Caisse Primaire d'Assurance Maladie=医療保険一次金庫)が発行する保険証CARTE VITALE(カルト・ヴィタル)を所有する。フランスの社会保障制度(sécurité sociale)全体を象徴するカードだ。フランスに3ヶ月以上滞在する外国人にも同等に適用される。

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保険証CARTE VITALE(カルト・ヴィタル)

 

実は、私も妻も日本の国民健保制度に今でも加入しており保険料も払い続けている。しかし、こちらでも頻繁に病院通いが必要なので、すぐに加入申請した。フランス国籍の妻の方はすぐに加入できた。私自身もコロナ禍の影響で、時間はかかったものの、一定の手続きを経て、昨年8月には交付された。

こちらでかかった医療費は領収証を添付して日本の国保事務窓口に申請すれば、還付されるとされている。

しかし、しばらくは帰国もままならないし、病気や事故はいつ何が起こるかわからない。

このCARTE VITALE(カルト・ヴィタル)には15 桁の個人を特定するナンバー(日本のマイナンバーにあたる)とICチップが埋め込まれていて、基本的個人情報と病歴や購入薬品歴などのデータがすべて記録される。

このカードで、特殊な治療や薬を除いて医療費の約7割が免除、または後で還付される。

これ以外に、民間の保険会社が提供する保険制度(Mutuelle)に加入する。

市場競争の激しい分野で、各社様々なメニューと料金体系を準備していて、一般的には加入すれば医療費はほぼ100%カバーされるしくみだ。

従業員数の多い企業では、特定の保険会社と契約し、従業員には割安の医療保険が提供されている。もちろん家族もいっしょに加入できる制度だ。

詳しい制度を知りたい方は「フランスの医療保険制度」でググれば、様々な最新の情報を詳しく知ることができる。

何れにせよ、95%以上のフランス居住者は直接負担する医療費がタダということになっているのだ。

 

診療・治療体制。

フランスの医療体制は、いわゆるかかりつけ医を起点として地域でネットワーク化されている。まずは近所のかかりつけ医に相談し、各種の専門医や総合病院、検査機関などを紹介してもらい、そこに予約してから治療をうける。

風邪程度ならかかりつけ医が治療してくれる。薬は、処方箋を持って近くの調剤薬局で購入するシステムだ。

かかりつけ医を通さずに直接診療できるのは、歯科医、産婦人科医と小児科医、それと眼鏡を必要とする際の眼科医だけだ。もちろん救急車は救急専門医に直行する。

 

我々のかかりつけ医は歩いて2分ほどのところに診療所を構えている。入り口脇の壁面に名前の刻まれた小さな金属プレートが掲げられているだけで、一般の住宅と見分けがつかない。フランスの開業医は、歯医者も含めて概ね似たような佇まいだ。

入ってすぐ待合室があり、その向こうに受付専門の事務職がカウンターの中にいる。電話予約や急患などを仕切るが、会計事務はしない。後ろに診察室が2つ並んでいて、医者は2人だ。診察室の中には問診や事務用の対面デスクがあり、奥にはかんたんな医療機器を備えた診察台がある。

我々は、パーキンソン病の専門医から、心臓や腸、膝、足指など様々な専門医の門を叩いたが、診療所の体制はほぼ同じで、看護師は見たことがない。

数人の専門医を抱えた共同クリニックでは、受付が会計事務もやるところがあるが、多くは医者が自ら会計処理もする。Tシャツにジーンズのままで白衣を着ていない医者も多いし、診察室内で処方箋や診察費の請求書、領収書なども自ら出力して対応する。支払いの際のクレジットカード処理や、現金のやり取りも医者が自分で行うのだ。診察室の雰囲気は日本とはかなり違う。

とにかく、医者は看護師なしで大抵の処置や事務を同時にこなすのだ。

動きを見ていると、たしかに日本の開業医もやろうと思えばできないことはなさそうだ。それだけで、日本でもかなりの医療費削減が実現できそうだが、日本の医者はとてもやりそうにない。

 

地域には緊急や重症の患者に対応し、大型の検査機器を使う検査入院なども受け付ける総合病院もある。

我々はかかりつけ医からの紹介状を持って様々な検査や治療のために何度も訪れた。紹介状があるとはいっても、予約は自らしなければならない。

今はコロナ禍の影響もあって、1ヶ月待ち程度はあたりまえだ。

私自身も、日本で処方してもらった心臓やコレステロール、血圧等の薬が切れたとき、まずはかかりつけ医で、日本の薬と同じ成分のものをネットで調べてもらい、当面の薬を処方してもらった。

専門医の診察を受けるまでにはかなり時間も掛かりそうだったからだ。日本で書いてもらった英文の診断書に薬の名前も英文で記されているのだ。

診察料は一律25€(約3千円ちょっと)。診察室内で、その医者に直接現金で払った。あとでCARTE VITALE(カルト・ヴィタル)登録時に記した銀行口座に薬局で払った薬代とともに約7割が還付されることになる。

その時同時に、生体検査ラボの紹介状ももらって血液検査を受けた。検査の結果はCARTE VITALE(カルト・ヴィタル)の裏面にはられたパスワードを入力して、WEBからダウンロードする仕組みだ。

その結果を受け取ってから総合病院に所属する循環器専門医に予約を入れ、紹介状を持って診察を受けたのである。

ここまでで軽く1ヶ月近くかかっている。

その専門医のところでは心電図の検査も受けたが、そのときも総合病院とはいえ看護師のいない診察室だった。心電図のとり方が日本と違っていて興味深かった。電極センサーの取り付け位置がかなり違うのだ。

その医師も、結局はネットで日本で処方された薬と同等品を検索して、同じ成分のものを処方してくれた。毎日の常用薬なので、処方箋は半年分を準備してくれたが、薬局では、2月分程度しか出してくれない。一度には出さないルールなのだそうだ。

その時にアルコールのとりすぎを注意された。血液検査値がかなり高かったようだ。

自宅蟄居が続くと、どうしても運動不足になり、逆にアルコール摂取度が高くなる。

フランスの医者に酒の飲みすぎを注意されるとは、つい苦笑してしまった。

 

妻の方は2度ほど、別々の総合病院で検査入院をしたことがある。

コロナ禍の元での診療なので、通常とはかなり違うとは思うが、フランスの医療体制を垣間見るにはいい機会であった。

ただ、いろいろ聞いてみると、パリなどと比べると、このあたりは何かに付けて恵まれているように見える。

これから、フランスに長期滞在する予定のある方は、できることなら豊かな地方都市のほうがいいように思う。

社会保障制度だけではなく、古き良きフランスの市民生活やコミュニティの温かい人情などを味わうことができる。

こちらに来てからスピード感にイライラしたことはあっても、嫌な思いをしたことは全くない。

 

昨年、パーキンソン病の専門医に勧められて、脳深部刺激療法(DBS)手術のために、地域最大の総合病院に検査入院したことがある。その手術に関してはフランスでも最高権威とされる医師を紹介されたのだ。

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検査入院をしたSaint Léon総合病院:車で10数分、Bayonne(バイヨンヌ)にある

なかなか予約が取れないことでも有名だったが、予約に関してわざわざその医師自ら電話をくれた。

もし手術となったら、さらに大きなボルドーの総合病院に入院することになるという。

コロナ禍のこの時期、重症患者が溢れている総合病院での難しい手術には抵抗もあった。しかし、我々は目の前のQOL(Quality Of Life)を優先することに決めていたので、手術もいとわない覚悟はできていたのだ。

 

2泊ほどの検査入院の結果、今の所、常用している薬の効果がかなり効いているようなので、あえてリスキーな手術はしなくてもいいのではないか、との結論であった。

ただ、年齢的にこの手術のチャンスは今回が最後なので、他の専門医ともよく相談してみてから最終判断を連絡するとのことだった。

後にいつもの専門医のところで、最終結論について説明を受け、投薬治療を続けることで決着したのである。

確かに10数種類の薬を一日何度も飲み続けるのは大変なことには違いないが、脳に電極を埋め込む手術をしなくてもすんだことには、正直ホッとしたものだ。

 

我々はこれ以外にも、毎週2回リンパマッサージの理学療法士(kinésithérapeute:通称kinéキネ)に来てもらっているし、週一回のペースで言語療法士(Arthophoniste:オートフォニスト)に通い、保険の効かないキャッシュオンリーの膝関節治療の専門医のところにも行っている。

さらに、保険適用外治療を含む歯の全面治療にもかかっている。

 新たな診察予約も入れたばかりで、今後も次々と病院通いが続くに違いないのである。

 

日本ではリンパマッサージは保険適用外だったし、すべて3割は自己負担だから、日本でこれらすべてをやったらどのくらいの医療費負担がのしかかってくるものか、気が遠くなる思いがする。

こちらでは民間の保険制度(Mutuelle)がカバーしてくれる部分も大きいので、なんとかやっていけているというわけだ。

支払い保険料を含めても、日本と比べれば格段に小額で高度治療も受けられる。私自身も、年齢的にはこちらの医療制度のお世話になることは時間の問題だから、この間の具体的経験はかなりありがたいことでもある。

 

あとは、いつどうやって日本の国民健康保険制度から脱会するかという大きな課題が残っている。

社会保障制度とは、どこの国でも最も批判や不満が大きい分野でもあるが、帰属する社会の歴史や文化が色濃く反映されていることだけは間違いない。