国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその20

■FORMATION CIVIQUE(市民講座)第3日目コース

 

その知らせは、いつものように突然舞い込んだ。

PAU での市民講座第3日目コース履修の召喚状が、2月12日付けで私のメアドに添付資料付きで送られてきたのだ。

コロナ禍対策の注意事項も添付されていた。

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召喚状とコロナ対策注意事項


 

指定日は2月23日(火)。9:00スタートで14:00まで。時間はいつもより大幅に短縮されている。時節柄レストランが閉鎖中なので、通常はオファーされる昼食は抜きとある。

場所は前と同じホテルの会議室だ。

 

 

私は10年有効のTITRE DE SEJOUR(滞在許可証)を受領したばかりなので、なんのための講習なのか、今となってはよくわからない。

これは1年間の滞在許可証を取得するために必要な講習で、4日間4回に渡る必修プログラムの一つと理解していたからだ。なぜ今さらそれが必要なのかももう一つピンとこない。

もっとも、一連の行政手続きは圧倒的によくわからないことのほうが多い。ここは余計な憶測に時間を費やすことは止めて、すぐに、以前と同じホテルに一泊予約を入れることにした。

 

指定日の前日、2月22日(月)夕食用のサンドイッチとビールも荷物に加えて、久しぶりの一人旅に出た。レストランはすべて閉まっているし、18時以降は外出禁止。何よりPAUにはうまいものがない。

午後3時には家を出て、土砂降りの雨の中、高速を飛ばしてPAUへ向かった。昨年の7月中旬以来だから、7ヶ月ぶりだ。PAUの市内はわかっているつもりだったが、さすがに7ヶ月ぶりだと少し迷ってしまった。それでもナビアプリ「Waze」を頼りになんとか5時前にはホテルにたどり着いた。

 

前回一緒だった難民たちもどうしているか、再会も楽しみだった。

ただ、出発前日のTVニュースでは、PAUの難民収容センターで殺人事件が発生したことが大きく取り上げられていた。

7ヶ月前の受講者の多くがそこに滞在していたはずなので、若干心配でもあったのだ。

 

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PAUの難民収容センターで発生した殺人事件を告げるTVニュース

 

2月23日の朝、9時に会場に入ってみると、講習者も講師、通訳も含めて顔ぶれは全く変わっていた。講習参加者は、17〜8人だったが、7ヶ月前の顔見知りはシリア系クルド人難民とチベットからの亡命者の2人だけだった。

訊くと多くは他県の施設等、全国に移動してしまったそうだ。

 

今回英語通訳が付くのは私とチベット人の2人だけだ。アラブ語通訳付き受講者も前回よりはずっと少なくて、旧植民地系アフリカ人と、ブラジル、ニカラグアなどの南米系が多いのだった。結局直接フランス語で受講できる人数が前回よりは圧倒的に多かった。

 

受付での登録時に日本人だというと、講師のおばさんが大声で話かけてきた。なにやらバスク地方のソシソンやハムを製造しているところに勤めている若い日本人女性とすごく親しいとのこと。とてもいい娘で、フランス語が不自由なこともあって、いろいろ面倒を見てあげたいのだという。あなたの知り合いで、フランス語の堪能な日本人は近くにいないか?とのこと。写真まで見せてくれて、その娘をとにかく褒めまくるのだ。

パーフェクト・バイリンガルの娘のメアドをとりあえず教えたが、とにかく日本が好きだという。前回と打って変わって、とにかく明るいブラジル人女性たちも出席している。彼女たちもコンニチワ、サヨナラ程度の日本語で近寄って来た。英語通訳のロシア人も加わって、日本だいすき談義が続く。もちろんSUSHIがうまいという話はお決まりのネタだ。日本通の話のレベルは50年前と全く変わらない。

 

講義の前に、私はすでに10年滞在許可証を受領しているのだが、この3日目、4日目コースの受講の意味を知りたいと、説明を求めてみた。

回答は明快で、最初の段階で、フランスに滞在するにあたってこの市民講座を受講する旨の誓約書にサインしていることが根拠だという。滞在許可証やビザの発行とは全く別の話だとのこと。受講はフランス文化に溶け込んでもらうための義務の履行だという。

また、10年滞在許可については、基本的に難民認定者は帰る国がないので、優先的に交付されるのだそうだ。難民以外への10年滞在許可交付は特殊な場合だとのこと。ただ私の特殊性については、結局なんだかわからないままだった。

 

講師は、雑談、蛇足談義が好きなようで、一人ひとりの自己紹介のたびに面白おかしい話に花が咲く。講義のスタート前にすでに小一時間かかっている。やっと始まるかと思ったら今度はパワポ用プロジェクターのセッテイングがうまく行かず、ああでもない、こうでもないともたもたしているあいだに10時半を過ぎた。

 

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プロジェクターセッティングにもたつく講師とアラブ語通訳

 

結局プロジェクターセッティング完了から15分ほど、全体のプログラムや前回までの話しなどをレビューしてすぐ休憩時間になった。

休憩時間はどのくらいかと通訳に訊いてみたら、15分程度だろうとのこと。休憩ラウンジでコーヒーを飲んで、15分後に会議室に戻ってみたが、人は半分程度しか戻っていない。講師もまだいない。結局3〜40分経ってやっと講習が始まった。すでに11時をはるかに過ぎている。通訳によるといつもこんな調子だという。

 

今回の講習内容は、前回と重複する内容も多いが、歴史、文化、社会制度等について質疑応答形式で進められる。結構皆意見を言うし、それぞれの出身国の歴史や文化につても活発に話をする。

講師は、自身赤十字でいろいろな立場の生活困窮者の救済活動に従事した経験があって、具体的事例を交えて討論をリードしていく。

ローマ時代からの歴史やフランス革命、男女平等政策などの経緯も私はそれなりに知識としては詳しい方だ。フランス語のレクチャー内容にもなんとかそのままついていける。フランス語のリスニングにはかなり慣れてきたことも実感できる。

ただ、英語通訳のロシア人の通訳能力は劣悪で、直接フランス語で聞くほうがよく分かる。時々正しい英語の単語を教えてあげなければならない始末だ。まあ、10歳と5歳の子持ちだというが、金髪のスリムなロシア美人なので、かなり得をしているように見える。おそらく能力審査も甘く、日当も安いに違いない。

 

今回最も時間をかけたのは、前回と同じく政教分離(laïcité)政策の歴史と、それに伴う法律や制度など。イスラム教徒が多いせいだ。そして驚くことに、女児への性器切除手術などの風習がこちらでは法的に禁止されているという話が、実例つきで延々と続くのだった。カメルーンスーダン等からのアフリカ系参加者が多いせいなのだろうが、フランス国内においてさえ、未だに続く深刻な問題だということなのだ。

手術といっても、手持ちの粗末なカミソリや石片などを使ったひどいもので、麻酔や消毒などもなく、感染症で亡くなる子や、一生トラウマとなる子どもたちがあとを絶たないのだという。

そんな過酷な経験のある女性が、ロンドンでトップモデルとして成功するまでの実話を描いた映画なども、映像付きで紹介されるのだった。

普通の日本人には想像を絶するおぞましく深刻な問題が、ここでは日常の中に潜んでいる。聞いているだけで身体中に虫唾が走るような話だ。

 

一番盛り上がったのは、子供の権利に関するフランスの法律や制度の話のときだった。子供と親、そして子供に対する社会の責任の話だ。

ドメスティックバイオレンスは、今や世界共通の深刻な問題だが、子供へのしつけの度合いについても厳しいものがあることが示された。

たまたま子供が親との折り合いが悪く、親にこんなふうに叱られたと学校で言った日には、親が呼び出され、事実なら子供を取り上げて施設に入れると言われるのだそうだ。

日本でも、深刻なDVで子供がひどい目にあったあとなどは、社会が子供を救う必要があるという議論はよく聞くところだ。

しかし、子供は社会のもので、親の所有物ではないという概念が行き渡り、親に問題があれば、容赦なく親から引き離して施設で保護するという制度が行き渡ったフランスでは、その事自体が新たな問題を引き起こしているというのだ。特に移民の親には耐えられない制度に映るという。

朝、親にこれをしては行けないと叱られた子供が、学校で教師に、さほど深い意味ではなく、親にひどく叱られたと訴えたら、すぐに通報されて、子供を取り上げられる恐れがあるのだという。

ロシア人通訳も10歳の多感な子供が、叱られたあと、学校で親が・・と言ったところ、呼び出されてひどい尋問を受け、子供を引き離すと言われたという。

そんな話はいっぱいあって、子供のしつけに少々の体罰は当たり前とされる国からきた移民は、DVだと言われて困惑するという話が続いた。

アフリカ系の男性は、うちの10代の男の子は私よりも身体能力は強くて、DVの被害者はむしろ私のほうだと、冗談交じりで訴え、笑いを誘った。フランス人講師もしばらくのやり取りのあと、フランスの制度には行き過ぎのところもあるし、問題も多いのだと神妙に語ったものだ。暗に制度の欠陥を認めていた。

離婚した外国人の方の親が子供に会えない日本の制度についても話があった。唯一の日本人である私に話題をふられたが、解説できるほどの知見を持ち合わせていない。日本はまだ親が子供に会える権利に関する国際条約を批准していない旨の、ニュース知識を披露することしかできなかった。改めて問われて見ると、なぜ日本が批准していないのか全くわからない。

日本に残した子供に会えずに自殺したフランス人の父親もいるのだそうだ。

 

こうして講習はあっという間に予定時間の14時ちょっと前に終了した。

終了後に受講者それぞれに第3日目過程の終了証が配布されるのだが、その前に第4日目過程についての説明がなされ、それぞれの希望を記入する紙が回ってきた。

4日目コースは3つの実践見学プログラムから、希望のコースを選択することになる。

1つはフランスでの職業選択にあたって、プロの職場実態を見学するというもの。

2つ目は、知っておくと役に立つ様々な社会制度の実態を見学するコース。

3つ目のコースはフランスの文化について、美術館や博物館を見学するというものだ。

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4日間の研修コース一覧。オレンジ色の部分に、第4日目コースの選択プログラムが示されている

 

ただ、3つ目の文化体験コースは、おりからのコロナ禍によって、現在全ての文化施設は閉ざされており、今のところ再開の目処は全くついていないとのことだった。

私としては、すでに10年滞在許可を得ていることもあり、いつになるか全くわからないものの、3番目の文化体験コースを選んだ。受講者中、それを選んだのは私だけだった。

他のコースには興味がないし、今や待つことには慣れている。

 

 

こうして3回目の市民講座の受講は無事に終了し、家路を急ぐことにした。

天気は前日と打って変わって雲ひとつない快晴。高速道路もすいていて、時速135〜140Km程度を維持しながらあっという間に舞い戻ったのだった。

高速道路脇には、富士山にあるのとほぼ同じ、ポップコーンのような花をつけた山桜が、満開で連なり目を和ませてくれた。

こちらに来て1年4ヶ月。フランスでの生活にもかなり馴染んで来た実感を味わいながら、途中近所のスーパーに立ち寄り、食料品やいつものシングルモルトウイスキーBOWMORE」を買い込んでからの帰宅であった。