国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその10

■ガレージ(Garage)

マンションの地下には、車庫=ガレージ(Garage=ガラージュ)と貯蔵庫=ケーブ(Cave=カーヴ)が備え付けられている。ケーブは贅沢なワインセラーとして使っている人もいるが、我々にとっては単なる物置場だ。

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地下のガレージ

 

8年前までは、たまにパリから友人が車で訪ねて来たりしたときに、中の荷物を工夫してなんとかガレージを使うことがあった。しかし、今では8年前パリのアパルトマンを完全に引き上げた時の引越し荷物と、3年前に東京から送り出した荷物、さらに佳鈴たちが残していったものとがびっしり詰まっている。おかげで、車は路上駐車を余儀なくされてきた。

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ベランダから望む広場でイベントがあるときや、バカンスの時期には駐車スペースを探すのが一苦労だ。時にスペースが空くのを待って、グルグル周りを周回しなければならない。
ガレージを空にして、車を収めることは長年の大きな課題だった。

これまで、ガレージを空にしようとする大きなオペレーションは、都合3回に渡って行った。最初は2016年、翌年に日本から荷物を送り込む前にスペースを設けておく必要があった。中身を確認することなくぎっしり詰め込まれた荷物の仕分けは簡単ではない。よくわからない品物は、室内の収納や家具の引き出し内にもあふれているのだ。たまに中身を見ると、何に使うのか分からない不思議なものも現れる。酒を嗜む道具らしいが、周りのフランス人、誰に訊いても分からない。こんなものがザクザク出てくるのだ。

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大きな家具のあるガレージの中全体をチェックすることは難しいので、まずはケーブの手前からチェックし、とりあえずは捨てるものを優先して選び出すことにした。段ボール箱は湿気で柔らかくなっていて、重い。箱の中には亡き義母が研究の為に準備していた紙と文房具の山が入っている。未使用の、おそらくは、必要になった時仕事を中断されることのないように、大量にストックしておいたもののようだ。すぐに使いみちはないにしても、意外と捨てにくい。

手伝いに来てくれた地元の古い友人は、25年前にパリから荷物をこちらに運ぶときにも手伝ってくれた女性だが、すでに70歳代後半になる。この年代の女性の多くは、モノを捨てられない。「まだ使える」と言っては、残す方に仕分してしまう。私の母親も昔、包装紙や紙ひもまでもきちんと畳んで引き出しにストックしておいたものだ。数年おきに引っ越しを繰り返していたので、荷物の梱包のときに重宝していたようだ。戦後のモノのない時代を過ごした人間に共通のメンタリティーなのかもしれない。

ただ、こちらの荷物は、ときに100年越しのお宝が混じっている。思いがけない懐かしいものがでてくると、ひとしきりその思い出ばなしに花が咲いて時間はいくらあっても足りない。本当のガラクタや、カビでどうにもならないものなどを車に積み込んで、粗大ごみ捨場まで何往復かしても、荷物は一向に減らないのだ。論文用の参考文献などの山は、なんとか処分ができた。日本で珍しい貴重な小物などは、帰国時のスーツケースに詰めて富士山の別荘に持ち帰った。

18世紀ごろのべっ甲製の表紙が付いた聖書の解説書籍や、黒檀製の精緻な彫刻、様々な銀器などが含まれている。

しかし、やっと少し隙間ができたところへ、日本からの引っ越し荷物が到着し、段ボールもしっかりしているので、”とりあえず”そのまま押し込むことになる。結果、また隙間なくモノの山ができるということになってしまったのだ。

2回目のオペレーションは、昨年11月に近所の小学校の校庭で開かれるブロカンテ(Brocante=古物市)で売ってみようとなった時だ。学校で開かれるブロカンテは、古道具もあるが、主に、子供が大きくなって使わなくなったものを安く提供する場だ。その場で物々交換している場面も見かける。我が家のガレージにある売れそうなものは、主に100年を超すアンティークが多く、この手のブロカンテにはそぐわない。しかし、両親が東洋で集めてきた小さな装飾品のコレクションや、エキゾチックなお土産ものなどは売れるかもしれない。

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学校校庭でのブロカンテ、我々のブースだ。


 

 

校庭までは住まいから歩いてすぐだ。近くて便利だが、モノを車で運ぶ必要が無い代わりに運びこむのは結構大変だ。

割り当てられた区画まで”商品”を運び、見やすいように陳列を始めると、オープン時間前だというのに、ひと目でプロと思しき何人かが入念に品定めをし始め、買付交渉も始めるのだ。我々のブースにもやってきて早速価格交渉を始めるのだった。

ブロカンテでの価格設定は意外と難しい。入手した当時の価格も、現在の相場も全く分からない。思い出もたくさん含まれているし、キャッシュが欲しいわけでもないからあまり安くは売りたくない。本気でこの手の価格交渉をしようと思えば、原産地での製造年代や歴史的背景、当時の価値、さらに保存状態に購買層、市場での人気度や価格動向などの勉強が欠かせない。

最も単純な売値と買値の均衡を図る場に過ぎないのに、しばらく続けると面白いことに気づき出す。例えば、その品物が10€(≒1200円)で決まったとしよう。売る方の私にとっては10€の中に一定の儲け感が入っているから実際は8€くらいだとの認識がある。一方買う方は10€に満足感があるから12€くらいの価値を見出しているはずだ。それがプロであれば、次に売るときの価格の見積もりはもっと大きいかもしれない。結局売買価格の均衡とは、心理的な満足感の均衡であって、同じモノを介して例えば4€程度の価値の差になって落ち着くのだ。お互いに同じ価値価格ではないのだ。ブロカンテでのプリミティブな交渉はそんな面白い気付きをもたらしてくれた。

もちろん私自身には、軽妙に価格交渉をすすめるほどのフランス語力はない。交渉に横やりを入れながら楽しむことはできる。このあたりには実に様々な人が住んでいることも分かったし、懐具合も悪くはなさそうだ。

丸一日の”市場”では、タイの漆工芸品や真鍮の置物、版画など、予想を超える売上があった。しかし、小物ばかりだったので、ガレージのスペースには実際の変化はあまりなかった。ある程度売れるものがあるとの感触だけは得たのである。

一方で、丁寧に一つひとつ吟味することは事実上不可能であることも分かった。頭を切り替えて、中身を玉石混淆のまままとめて買い取ってくれるところを探すことにした。とはいえ、古物商と骨董商とでは興味の視点が違うし、廃品処理業者は買取ではなく処理料金を請求するビジネスだ。日本でも、買取と言いながら実際には廃品処理作業であって、結果的には料金を取られることになる経験はしてきた。ガラクタ商とアンティーク商そして廃品処理業者、その機能を併せ持ったような都合のいい業者はいないものか探し始めたのだ。しかし、簡単には見つかるわけもなく、またまた時間が過ぎてゆくのだった。

 

ところが、その後空前のコロナ禍に見舞われて、世の中の殆どの動きは止まってしまった。ガレージ内の動きもそのままフリーズしてしまったのである。

そして、7月に入りバカンスシーズンを迎えた頃から、また世の中も少しづつ動き出した。マスク必着ルールの中、下の広場でのプロによる巡回ブロカンテも再開されたのだ。

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3回目のオペレーションはそんなときに始まった。今回こそはガレージを完全にクリアにするつもりだった。とりあえずは、事情を理解してもらえるプロの相手が欲しかった。

売りたい家具があることを理由に、いろいろ相談してみたいと思っていたところ、買取相談の看板を見つけたので、スマホで写真を撮っていたところ、売り場のお兄さんが話しかけてきた。売り物があるのかと言う。専門は絨毯だが、古いコインから宝石・古美術品、家具までいろいろ扱っているという。日本刀があったら高く買うとも言ってきた。

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「古道具買い取ります」の看板

試しに、家からコインや古い宝石などの細々したモノを少しだけ持ってきて、観てもらったところ、即座に50数€(≒6~7000円) のキャッシュで買ってくれた。

能書きなしに、さっさとことを進めるやり方は、私好みだ。

そこでマンションの地下に、古い家具を含めて眠っているものがある旨を話すと、すぐに観たいという。住まいは広場に隣接しているから、話は早い。最初にガレージの下見をすると、かなり興味を示した。その場で電話連絡をすると、その日の午後には見立ての専門家が来るという。

日曜日の4時過ぎにその専門家なる人がやってきて、ガレージを観ると、アンティーク家具に大いに興味を示した。こちらはとにかくガレージを空にしたいので、全て持っていってくれるなら、売ってもいいというと、他にはなにかないかという。結局自宅に上がってもらい、いろいろ観てもらうと、次々と家中の骨董家具や仏像などの置物も買いたいという。使い古した絨毯にも興味を示し、古くても良いものは、ばらして糸を再利用し、修復に使うのだそうだ。我々は、家財道具を売りたいわけではなく、ガレージを空にしたいだけで、使用中の家具を売るつもりはないことを告げ、どうにかならないものかと問うと、思いがけない提案が飛び出した。

ここに合う新しい絨毯を持ってくるので、それと売りたいものやガレージ内の全てのものとを相殺しようというのだ。見積もり価格次第で、差し引いた絨毯の価格が決まる。彼らは基本的に絨毯を売り、その金額内で古物や骨董家具類の金額を差し引き、品物とガラクタはまとめて引き取るというのだ。

後日、絨毯を持ってくるということで、話はまとまった。何か、ラクダを率いた隊商が運ぶ絨毯と物々交換しているような気分だ。

1週間ほどして、絨毯を何点か持ってやってきた。こちらが一番気に入ったものは最も高額なものだった。その半額をこちらが払えば、ガレージ内のものは綺麗サッパリ持ち帰るというのだ。それなりにいい値段だ。

絨毯は新品でシルクの混紡だ。作者のサインも入っている。デザインも肌ざわりもいい。私にはもちろん絨毯の品質を見定める能力はない。ただ、東京と別荘には、大小5〜6枚の絨毯を買い揃えていて、たくさん見てきた経験だけはある。このラクダの商人の話しが本当かどうかもわからない。そこで、支払う金額でガレージを空にできた上に、新しい気に入った絨毯が手に入るのだと、思い直すことにした。

そこで手をうち、相手の要望に応じてその場で小切手を切ったのである。何の契約書も、品物のリストも引き取り日の指定も何もない。東京でこんな取引はありえないだろうし、フランスでもあまり聞いたことはない。私は、この隊商のおじさんを信用することにした。こんな訳のわからないことに賭けてみること自体が、私は嫌いではないのだ。

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新しい絨毯。シルクの混紡で作者のサイン入りだ。

その後、2週間ぐらい経った頃、突然電話が入り、近くまでトラックできているので、載るものだけでも引き取りたいという。普通は先にアポをとってから来るだろう、と思いつつも家にいたので対応した。彼らは、ガレージの奥から繊細なデザインのデスクと椅子のセットを運び出して持っていった。私もこんなものもあったのか、と思うような良いものだった。傷が付いていなければ、軽く絨毯の値段を超える品物だ。

この先どうなるのか、多少の不安を抱えながらも次の連絡を待つことにした。すでに金は払い終わっているし、今更どうにもならないと腹をくくった。

9月に入ってすぐの金曜日に、またまた今から引き取りに行ってもいいかとの突然の電話が入った。さすがに準備ができていないので、土日を挟んだ翌週にしてくれと告げて、今度は娘たちに、自分たちの荷物の引き取り準備にかかるように伝えた。

これだけ長いこと放置してくると、はっきりとした時間を区切らないと、ことは動かない。彼女たちもやっと、本気で動き出し、土曜日中には自分たちが持ち帰るモノを仕分けて、ガレージの一角にまとめて置くことができた。

あとは隊商が来るまでに引き取るだけだ。

一緒に整理を手伝ってみると、思いがけないものもいろいろ出てくる。古い蓄音機や真鍮のきれいなフック、2~30個も揃った特注品だ。ビンテージワインの入った箱やクリスタルガラス製の良質な電気スタンドなども出てきた。諦めていたペアの椅子の片割れも見つかった。これは私が使うことにして上に持ち帰った。古いが疲れの来ないいい椅子だ。今ここで使っている。こういうときには契約がないことはこちらにも都合がいい。

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その日曜日の朝、またまた、今から引き取りに行くとの突然の電話が入る。アポをとって調整するという習慣がないのか。こんな取引を持ちかけて来るぐらいの相手に、我々の常識はそもそも通用しないのかもしれない。

慌ててシャワーを浴び、着替えて下に降りると、急な訪問の非礼をわびながらニコニコしたおじさん2人が現れた。今回委託された回収の専門業者だという。いい人っぽくて、文句をいう気もなくなり、気がついたら回収を手伝っていた。私は、ひたすらお人好しなのだ。

娘たちが仕分けて置いてあるものを除いて、とにかく何から何まで、全部詰め込んで持ち帰ってもらった。ガレージの最奥にはマンションの補修用のタイルや壁紙の予備をストックするキャビネットがある。それを残してまさにすっかりきれいになった。契約なしの約束は見事に守られたのである。いい気分だ。

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8年ぶりに空になったガレージ

翌週娘たちが残りの荷物を回収すると、ついに念願の車の収納が可能になった。妙な取引もなんとか無事成立したし、いい絨毯も手に入った。ビールが美味い。

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