国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその12ー2

DIY (Bricolage=ブリコラージュ)-2

 

昨年の10 月2日にフランスに到着してすぐの5日土曜日の朝、突然トイレの水が流れっぱなしで止まらなくなった。水洗用タンクの陶器の蓋を外して中を覗いてみると、日本とはまったく違う複雑なシステムの部材が備え付けられていて、問題の在り処がすぐには分からない。マンションには24時間緊急対応サービスがあるはずなので、あたふたと連絡先を探し、電話をする。土曜日のせいかなかなか繋がらない。やっとオペレーターが電話口に出て、しばらく待たされたあと、修理屋は土日には対応不可との返答が帰ってきた。24時間緊急対応といいながら、まるで他人事だ。

修復するまでの間、水の元栓を閉めると台所が使えなくなるのだ。文句を言ったところで、目の前の現実はどうにもならない。

結局、フランスでの最初のDIY大仕事は、なんとトイレの修理となった。

まずは、部品をすべてバラしてメカニズムを解明するところから始める。

以前からフランスの水洗トイレのフラッシュは勢いもよく水流も独特で、かなり優れているとは感じていた。実際に部品をばらしてみると、かなり複雑だ。

確かに水流の強さや、流れ方、何より洗浄力は日本のものに比べてかなり優れている。日本の水洗フラッシュのシステムはシンプルなので、何度か不具合を直した経験がある。フランスでも、昔はもっと単純で、大抵は壁の天井近くに木製のタンクがあって、紐を引っ張ると丸いゴム製のボールが動いて水が流れ出し、タンク内に水がたまりだすとボールが再び穴を塞ぐだけのシンプルなものだった。日本のものも今でも原理的にはほぼ同じだ。しかし、こちらのものは見たことのない入り組んだ部品で構成されている。かつ部品はユニット化されていて、故障の原因を探し当て、ピンポイントでそこだけ修理するのは難しいことが分かった。ここは、ユニット化された部品全体を新しいものに交換するほうが早い。

そこで、近くの大型DIY店に駆けつけて、身振り手振りでなんとか対応できる部品ユニットを購入した。しかし、持ち帰ってよく観ると、購入したものは数種類の形式に対応可能な汎用ユニットだった。つまり、仕様がさらに複雑になっている。そっくり取り替えようとすると、機種毎の対応作業手順がそれぞれ違っていて、フランス語のマニュアルを見ながらの修理作業は、私には手に負えない。

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水洗タンク内のメカニズム。ばらして観るとかなり複雑な造りになっている。ユニット部品も複雑だ。

お手上げだからと諦めるわけにも行かないので、推理と工夫を凝らし、以前のユニットも活かしながらああでもない、こうでもないと組み立てて、何とか修復にこぎつけた。使わなかったユニットの半分は今でも残っている。

 

この体験で、設備系の修理はなかなか手ごわいことが分かった。そこで、温水と暖房を担うボイラーは、早めに専門業者に依頼して点検かたがた劣化した部品を交換してもらい、夏冬の切り替え方法などを直接聞き出すこともできた。

富士山麓にいた頃には、近くの御殿場だけで、4店のDIY専門店があったので、よく通ってはかなり細かく素材や部材、工具などを見てきた。30年で中身も見違えるほど充実した感があるが、基本的には別荘ライフに向けた趣味の世界だ。一方、フランスのDIYショップは、趣味の店というよりサバイバルステーションなのだ。その後もあしげく通うことになった。

 

我が家の家具は、大方が骨董品でできている。

椅子は毎日使うし動きも激しいので、古いものはいずれ修理が必要になる。我が家のスペイン製の大きなダイニングチェアも10数年前に一度プロに頼んで修理している。2018 年夏に東京からの荷物の受け入れ準備に来たときに、革製の座面が緩んできて座り心地が良くないのが気になった。なかなか同じような新品も見つからないので、同じ業者さんに頼もうと思ったが、どうやらすでに廃業している様子。荷物の到着が予定より大幅に遅れたので、その間に自分で修理することにした。これも、まずはばらして全体のメカニズムを確認しなければならない。

座面の土台となる部材は、布製平ベルトとクッション材でできていて、画材のキャンバスをフレームに貼り付けるときのタックス(釘)でしっかりと固定されている。その釘の部分から布ベルトが裂けて緩んできていた。さっそく布製の幅広ベルトとクッション材を調達した。タックス(釘)は打ち込むのが難しいので、以前購入した電動ステープルガン(エアタッカー)を使うことにした。最近は画材のフレームへのキャンバス貼りもキャンバス貼り器で引っ張ってからタックスをタッカーで打ち込むことが多くなったようだ。

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問題は飾りビスだった。

しっかりと打ち込まれている真鍮製のビスを引き抜くのが難しい。大型のマイナスドライバーを使って注意深く一個ずつ引き抜かなければならない。1脚の座面だけで22個も使われている。全部で6脚あるから合計132個を注意深く引き抜いてさらに仕上げに全て打ち込み治す必要があるのだ。

 

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固く食い込んでいるものを引き抜く過程で、ビスが変形してしまったり、真ん中の芯の釘が図らずも折れてしまうものが何個か出てしまった。どこかに売っているはずだと作業を急いだ結果、2脚分の飾りビスが数個ずつ足りなくなってしまったのだ。できる範囲で補修を完成した分が4脚。かざりビスを探したが同じものは見つからず、替えるとなれば、全てを同じもので揃えなければならない。6脚で総計228個必要になる計算だ。それ以来解決策は後回しにされて2脚は地下のガレージに放り込まれたままだった。今回のガレージクリーンアップ作戦で、気がついてみたら他のものと一緒に綺麗サッパリ持ち出されてしまったのだ。今は、新しく同じようなデザインの椅子をスペインで探すべくネットで探しているが思うようには見つかっていない。コロナ禍が収まるまでは実物を見にも行けない日々だ。

 

もう一つの骨董家具は古いチェストだ。天板が大理石、優美な局面にそって真鍮のフレームが通っている。引っ越しの運送等によってこのフレームが何本も外れてしまっている。幸い、外れた真鍮フレームは各引き出しの中に保管されていた。この補修作業は、真鍮フレーム部材に接着剤を塗り、クランプで局面に沿って、一つづつ丁寧に貼り付けるだけの作業だ。

 

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しかし、この絶妙な局面の処理と、表面の寄せ木細工の見事さには舌をまいた。

日本の伝統工芸品もすごいが、フランスの古い高級家具の匠の技もすごいものがある。とても全体の修復などできるものではない。フレームの接着作業だけにして、置く場所も照明の目立たないところに置くことにした。細かいところに補修が必要なところがまだいろいろあるのだ。

 

もう一つの作業は、老人家庭には欠かせない手すりだ。

風呂とシャワーの際に身体を支える手すりは頑丈なものが必要だ。

ただ、タイル板にドリルで穴を開け、アンカーを打ち込んでからスクリューを揉み込んで固定する必要がある。

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使用するスクリューに合わせたアンカーを選び、それが収まる大きさの穴を開けなければならない。

 

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更に手すりを固定するスクリュー用の穴は3〜4個あるから、その穴に合わせた施工がそう簡単ではない。先に穴を開けてしまうと、穴位置が微妙にずれてスクリューの揉み込みができなくなるのだ。穴を開けてはスクリューを仮止めしながら何度も繰り返して穴位置を成り行きに合わせて決めて行く。根気のいる仕事だ。

 

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トイレや、ベッドサイドの手すりも、壁紙の下は漆喰なので、スクリューとアンカーのサイズは違うが要領は同じだ。

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ただ、トイレなどは狭い空間での身体の動きが複雑なので、取り付け位置にはかなり時間をかけて工夫した。一般的な両脇に手すりを付けるタイプよりも、身体を少しひねって片側から両手で引き上げるほうが楽なことも分かった。結果、一般とは違うレイアウトにした。高さの調整も慎重にしたおかげで使い勝手には満足している。

 

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それ以外にも、壁面照明の取り付け工事、風呂場の防水照明器具の取り付け等々苦労はしたが、なんとかこなすことができた。

 

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台所の一角の壁面に、置き場に困る鍋フタ掛けを創ってみた。針金ハンガーをちょっと変形しただけの遊び半分の作業だ。材料費ゼロの楽しい作業でもある。

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それにしても、フランスの電球の種類や、器具へのねじ込み部分の形状の多様性には驚くばかりだ。こんなにたくさんある理由が分からない。メートル原器を創った合理的な標準化の進んだ国と考えていた先入観は完全に崩れた。パリで建築プロジェクトに携わっていた当時には気がつかなかったことだ。不合理だらけで非効率この上ない。古い建物には、おそらく修理の年代ごとにプラグの形状やコンセントの幅でさえいろいろ混在していて、いちいち確認しないとせっかく買ったものが無駄になる。歴史的に優れた数学者を数多く輩出している国の数字のカウントの仕方が全く合理的でないところが象徴的だが、矛盾だらけで不可思議なところには飽きることがない。