国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその7

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■市民講座(la formation civique )

 

ポー(PAU)

私の滞在許可証を取得するための必修市民講座は3月19日と3月26日に指定されていた。毎回、朝9:00から17:00までカリキュラムがびっしり組まれているという。指定された開催日は2日間だが、時間をあけて都合4日間に渡る長丁場の必修講座だ。以前は2日間だったが、2019年から4日間になった。年々厳しくなるようだ。

 しかし、コロナ禍の影響で連絡が途切れていて、3月に入っても全く音沙汰がなかった。前代未聞のパンデミックに、すべてが混乱していて、こちらからコンタクトを取ろうにも、WEBも電話も全く連絡が取れないのだ。

5月11日からフランス全土の規制が緩和されたあとも音信不通状態が続いていたが、突然6月23日付けで召喚状が2日分まとめて郵送されてきた。

7月8日と、7月15日それぞれ朝9:00までに、遅刻することの無いように指定場所に出頭されたしとのことである。

場所はポー(PAU)。行政管轄としては、ボルドー(Bordeaux)を首府とするヌーヴェル= アキテーヌ地域圏内に属する、ピレネー・アトランティック県の県庁所在地である。ビアリッツから東におよそ100 km、車で1時間半ほどの内陸部にある。

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ビアリッツから西の内陸部に100kmほどのところにある県庁所在地ポー(PAU)


 

ポーはピレネー山脈のふもとにあって、美しい山並みの眺望は有名だが、観光地としては、これと言って特筆されるものはない。もちろんフランス中の地方都市と同じように、由緒ある歴史遺産はいろいろある古い街だ。日本の甲府市姉妹都市だそうだ。

車で100km前後の距離というのは、日帰り圏としては微妙な距離だ。遅刻厳禁の初めての場所に車で行って、朝9:00までに会場に入るというのは、少々リスキーでもある。ビアリッツからの電車もあるが、一番早いものでもポー着は指定時間に間に合わない。日帰りで行くとしたら車しかないのだ。

コロナ禍のせいで、我々も長く自宅待機を強いられてきたので、ここは道路事情などの下見も兼ねて同じ曜日の同じ時間帯に、ドライブしてみることにした。気分転換も兼ねて、ポーに面白そうなところがあったら訪ねて見ようかということにしたのである。

所要時間1時間半とみて7月1日朝7:00ちょっと過ぎに、NADIAと一緒に家を出た。

ポー市内に入ってからは、車載ナビに従っていると道路が工事中だったり、バス専用道路だったりに阻まれて、もたもたが続いた。やっと指定の建物に到着したときは、9:00を少し回っていた。当日日帰りで行くなら、朝遅くとも6:30すぎには家を出なければいけない時間のかかり方だ。

指定された建物はALIFSといって、移民局から委託されて市民講座の運営を任されている団体だ。あとで調べて分かったのだが、召喚状には出頭先としてALIFSという記載があるだけで、移民局(OFFI)とどんな関係があるのか何の説明もない。ALIFS(Association du Lien Interculturel Familial et Social)とは、直訳すると、異文化間家族と社会の絆の協会というような意味になる。建物はコロナ禍で閉鎖中だった。入口には小さな張り紙が無造作に貼られて、ひらひらしている。6月25日の会場は下記住所のホテルに変更になったと記されている。張り紙のヘッダーには移民局(OFFI)とEUの移民や難民の支援団体(これも、あとで調べて分かった)、そしてALIFSの分かりにくいロゴとが並んでいるだけだ。3者がどういう関係なのかも分からない。見覚えがあるのは移民局のロゴだけだ。訪ねた日は7月1日だから、翌週8日の講座も同じ会場に変更なのか、何の情報もない。少々呆れたが、別に腹立たしいわけでもない。もともと、フランスの行政組織の対応が親切なものではないことは承知している。まして、コロナ禍の今ではこんなものだろうとの想像もできるからだ。

 

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開催会場の変更を告げる張り紙

 

とりあえずは、そこに指定された変更先を訪ねてみることにした。車載のナビは市内では信用できないので、スマホを頼りに徒歩でたどった。もたもた遠回りしてしまったが、意外と近くにあるホテルだ。ホテルには何の案内もないので、フロントで訊いてみると、確かにALIFSに会場を貸しているという。移民局(OFFI)の〜、と言っても全く通じない。借り主がALIFSだということしか知らないようだ。貸会議室で何が行われるのかについても何も知らないようだし、関心もなさそうだ。埒が明かないので、来週の水曜日(8日)もALIFSがそこを借りているか訊いてみると、予約表をめくって、確かにそうなっているという。事前に確かめに来てよかった。それにしても、移民局からは何の案内もない。まずは指定場所に行って、ひらひらの案内を見てから指定された変更場所に行けということなのか。ギリギリに到着したら、そこで変更先を知ったとしても絶対に指定時間には間に合わない。まあ当局側からすれば、頼んで移民として来てもらっているわけでもなし、自分で何とかしろということなのかもしれない。やれやれだ。

ついでに駐車場のことも訊いてみると、中庭にフリースペースがあるので、空いている限りはいつでも駐車できるという。嫌味はないがそっけない。

繰り返すが、イライラはしてはいないし、キレてもいない。

 

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ホテルの中庭にある駐車場への入り口。外からは中の様子が見えないので、駐車スペースが空いているかどうか全く分からない。

 

とりあえずはいろいろと確認できたので、近くのショッピングモールの地下駐車場に車を駐めて、市内を見て回ることにした。

最近は長時間の歩きは難しいので、ショッピングモールに入ってみたが、閉鎖中の店も多く、興味をそそられるものはなにもない。寿司屋もあったが閉鎖中だった。すぐ近くに、割と良さそうな美術館があったので、覗いてみようと訪ねてみたが、ここも閉館中。すぐ前のレストランで昼食をすることにして、マスクなしで座れるオープンスペースの席についた。見知らぬ街をかなり歩いたせいもあって、疲れがどっと出た。食事は印象に薄く、まったく記憶に残っていない。

 

ルルド (Lourdes

昼食に入ったレストランの目の前にバス停があって、有名な巡礼地ルルド (Lourdes)行きのサインがあった。調べてみると、ここから30kmちょっとのところだ。時間的にはまだ間に合いそうだし、ポーで見るべきものは何も期待できそうもないので、代わりにルルドを訪ねてみることにした。

ルルドに関する予備知識はほとんどなく、そこには奇跡の泉があって、その水で目を洗った盲目の人が視力を回復したとか、日本からも病を抱えた巡礼者が絶えない場所という程度の知識だけだ。普通の観光地と違って、物見遊山ではちょっと行きにくい感じも否めないが、逆にどんなところか興味をそそる。とりあえず、ナビを頼りに街まで行ってみた。狭い道をあちこち迷いながらも、日本の温泉街のような谷あいの街に到着。どこにその有名な泉があるのかもわからず、無料の駐車スペースを探して車を駐めた。小さな街だろうから、歩いてみればそのうち分かるだろうと、高台にそびえる見たところ一番大きな教会を目指した。

教会のふもとに着いてみると、街や泉の歴史に関する博物館が併設された岩壁の上に建つ大きな教会だ。ただ泉らしきものはどこにも見当たらない。

スマホの地図でそれらしきところを確認して、坂道を延々降りてゆくと参道らしき通りに出た。両側に土産屋がズラリと連なっている。日本の寺社参道の土産屋とあまり変わらない。どの店にも泉の水を汲むための特性のボトルが大小揃えてあるのが特徴といえば特徴だろうか。ただ、多くの店は閉まっていて、客もまばらだ。

おそらくは聖泉とつながると思しき川があった。聖泉という言葉から受ける先入観のせいで、そこには静かな小川を想像していたが、川は思った以上の急流だった。高低差があるせいか水力発電所まで併設されている。何か違う感じだ。ところが、橋を渡ると突然世俗から遠く離れたような広大な広場にでる。

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聖地の教会に続く前庭

そのはるか先には黄金に輝く教会のファサードが現れる。尖塔は補修工事中のようだが、膝をついて熱心に祈りを捧げる人があちこちにいて、独特の厳粛な雰囲気を漂わせているのだ。スマホを向けて写真を取るのは憚られる。僧衣をまとった聖職者らしき人々も、見るからに巡礼者としてここを訪れた風情で静かに歩いている。教会までの道のりはかなりありそうで、今日一日、いつになく歩き続けたNADIAはそこまででリタイアし、ベンチで私の帰りを待つという。せっかくここまで来たので、私は急ぎ足で回ることにして一人歩みを早めた。すでに17:00を回っている。

教会の手前、正面ゲートには守衛がいて、マスク着用を促している。意外とモダンな造りの黄金のファサードをくぐって教会内部に入ってみたが、ただの教壇があるだけで、そこに泉はない。こんな有名な聖地を何の予備知識もないままフラリと訪問するのは私ぐらいかもしれない。恐縮しきりだ。

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金色に輝く教会のファサード

一旦外に出て回廊風の通路を渡って裏に回ると、そこにやっと聖泉の湧く岩窟が現れた。黄金の教会はその岩窟の上にある頑丈そうな岩盤の上にそびえているのだった。

 参拝者はまばらで、祈りを捧げる人々にソーシャルディスタンスを促す地面の印が痛々しい。神父のような人がマイクを使って説明をしている。参拝者は見たところ観光客ではない。病の治癒を祈願する真剣な祈りにたじろいでしまい、早々にその場をあとにした。

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聖泉の湧き出る岩窟とその上にそびえる教会

少し離れたところに、自由に聖水を汲める水汲み場があって何人かがボトルに詰めたり、飲んだりしている。

本当は、ここはNADIAが来て水を飲むべきところなのだろうが、代わりに私が一口含んでみた。冷たくて美味しい水だが、水道の蛇口のような栓がずらりと並んでいる姿からは、あまりあり難みが感じられない。北海道の名水汲み場と変わらない風景だ。

結局、閉館間際にそこをあとにする。出口の守衛は、慌ててマスクをつけなおそうとする私に、構わないから早く出ろと促すのだった。

こうして、ポーとルルドのハプニング旅を終えたのである。7月1日のことだ。