国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその5

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スマホを買う

 

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スマホが手元にないと、今や生活は全く成り立たない。

デジタルトランスフォーメーションが日本よりもはるかに進んだフランスではなおさらである。統計上の国全体の普及率がどうなのかはよく知らないが、私の生活圏での実感からいうと、ほぼ全員が持っている。

プライベートな使い方だけでなく、コロナ禍による自宅待機命令下での外出証明などもスマホ上のフォーマットに書き込んで所持する。街角で警察から尋問された際はそれを提示する。警察もスマホを持っていて、こちらのスマホからQRコードを読み込んで身元や証明の中身を確認するという具合だ。

 

ここまで生活の奥深くまでに浸透すると、つい移動通信事業黎明期を思い出す。

日本で最初の小型携帯電話「mova」のブランド開発に携わったのは、NTTドコモ誕生のおよそ1年前だ。翌年1992年の移動体通信事業のNTTからの分離独立が内ないで決まっていた時期だった。当時は大変なセンセーションだったが、movaは単なる小型無線携帯電話機だ。船舶電話の技術が自動車電話に展開され、その延長線上にあったのが携帯電話で、どれだけ街なかのアンテナを増やし、どれだけ長持ちする小型電池を開発するかが、当時最大の技術課題だった。

 

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フランスではそのころミニテルという、日本のキャプテンシステムと同様のビデオテックスシステムを開発し、普及のために電話帳と同じという謳い文句でデバイスを全戸にタダで配るなどして、一時はかなりな普及ぶりだった。

 

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 フランスのビデオテックスMinitel

 

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日本のビデオテックスCAPTAINのロゴ


しかし、電話の進化系という発想から抜け出てはいなかったし、電話回線を使った、いわゆるパソコン通信の範疇だった。今やそれも見事に消えてしまった。今から思うと、国境の内側だけで完結しようとしたシステムは世界でも何一つ残っていない。

 ただ、双方向の音声や画像をできるだけ早く、鮮明にかつ廉価に提供しようとした様々な技術的試行錯誤があってこそ、今のスマホ時代を迎えることができたといえるのであろう。

 

いずれにしろ、インターネットがこんな展開にまで発展するとは全く思われていなかった時代だ。それからおよそ30年経った今の状況は想像を絶する世界だ。当時様々な移動体通信の未来予測も研究したが、今のような世界観を予測できていたものは何一つなかった。この先も、5G、6Gと進んでゆく先の世界は想像を遥かに超える。

レコミュニティーという世界観の提唱もあったが、それは、身の回りの物理的に近いところでのコミュニティーに代わって、趣味とか共通の興味、信条などをもとに空間を超えてつながる新しい人間関係の世界を指していた。もちろん、テレコミュニケーションシステムが実現する世界だ。概念としては、ネット内のコミュニティーを言い当てていたとも言えるが、あくまでも大ぐくりの社会に関する概念であって、産業構造や日常生活の大変革にまで踏み込んだ世界観の提示にまでは至ってはいなかった。

 

綾小路きみまろ風に言えば、あれから30年。今や会話の最中でも、ちょっと不確かな話題になるとすぐに各人サクサク検索してそれを確かめる時代だ。最近はフランスで食事に招待されても、皆右側のナイフの外側にはスマホがある。レストランでも同じだ。食卓の風景はすっかり変わってしまった。もちろんそんな状況を嘆く人もいるが、私の周りでは70歳ぐらい以下では皆スマホを片時も離さない。孫の話題になれば、皆一斉にスワイプして動画を見せ合い、孫自慢が始まる。記憶力に陰りが感じられる我々世代には、老眼鏡並の必須アイテムだ。

考えてみると、記憶力自体の能力差は以前ほど重要ではなくなった。覚えているかどうかより、その情報からどんな発想や独創的な想像力を展開できるかが重要だ。むしろどう検索するかの能力差こそが試される。

しかし、今でも試験会場へのスマホ持ち込みは禁止されている。むしろ今は解に近づくための検索を組み立てる想像力こそが試されるべき時かもしれない。スマホを試験会場に持ち込んでも、量的知識のデータベースは平等にあるはずだから、もっと高い次元の能力を試すことができるのではないか。試験会場へのスマホ持ち込みなど全く構わない時代のような気がする。

 

さて、フランスに来て、真っ先に片付けるべきことは何よりもインターネット環境をまず整備することだ。こちらでは、TVや固定電話、Wifiをセットで契約すると日本に比べてかなり格安な通信環境が構築できる。およそ月80~90€1万円前後で数十チャンネル(数えたことがないので未だに実数は掴んでいないが、もっと多いかもしれない)のTVが視聴でき、基本、固定電話からの国際電話もかけ放題になる。

Wifiにつなげておきさえすれば、羽田で解約したスマホでもドコモの通信機能以外は使えるし、Google検索もFacebook やLINEも使えるから、当面は不自由はない。持ち歩くことがなくなったMacBook Air もサクサク使える。

しかし、一歩Wifi圏外に出ると突然不自由になる。 街なかの無料Wifiはセキュリティにも不安がある。やっぱり新しいスマホを買おうと大型ショッピングモールBAB2内にある、フランス最大のキャリア、オランジュ(Orange)のショップへ行った。ブティック・オランジュ((Boutique Orange)という。

 

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ショッピングモール内にあるブティック オランジュ

オランジュは元フランスの国営電気通信企業フランステレコムが民営化されてできた会社である。ブランドはイギリスの携帯キャリアを買収して会社名にしたものだ。オランジュは英語オレンジ(Orange)のフランス語読みである。我が家のブロードバンドインターネット接続がオランジュだから、ショップ選びに躊躇はなかった。

 店内に入るためには、外の通路に並んで待つことになる。フランスでは、パン屋でもアイスクリーム屋でもまずは並んで待つのが普通だ。原宿に私の事務所があったころ、いろんな店に若者がずらっと並んで待つ風景が日常だったが、フランスでは大人も老人も皆辛抱強く並んで待つ。コロナ禍の今は、全員マスクをつけて、1mおきにつけられた印に沿って遠くまで並ぶのだ。これがニュースタンダードといわれても、異様な光景である。

 我々が訪れたころは、ちょうどiphone10が売り出されてすぐだったので、店内はそのプロモーションでいっぱいだった。日本ではiphone6Sを愛用していたから、別にそんな最先端機種でなくても構わない。担当のお兄さんと相談したら、まあせっかく新機種に買い換えるのだから、ちょっと前に発売開始されたばかりのiphoneXRが型落ちになって安くなったので、それはどうだと勧められた。Iphone 10に比べればいろいろ能力の差はありそうだが、6Sと比べれば格段に進歩している。躊躇なくそれに決めた。

そもそも私には技術的な評価能力がないし、WEB上の胡散臭いおすすめ記事も素直には頭に入らない。目の前のアフリカ系の落ち着いたお兄さんの勧めに乗って即断した。

本体価格は1台€234.89(≒28,200円)。表面のプロテクターシールは€34.99(≒4,200円)とちょっと高い。しかも、こちらの土足用に造られた室内のタイル床に落としてすぐにヒビが入ってしまった。ソフトシールにすべきだった。月々の料金はたまに若干のプラスが出ることがあるものの、だいたい1台あたり€62(≒7,440円)。日本で払っていた月々の料金に比べると半額だ。

使い方自体は日本とそんなに違わないが、新しいソフトでは万歩計と、車のナビ、それとLINEのビデオチャットの使用頻度が増えたかもしれない。

YouTube等、日本のさまざまな情報にも、いつでもどこでもアクセスが可能になった。こうしてフランスにおけるICT環境は整った。結局TV、固定電話以外にデバイスは新しいスマホ2台、東京で使っていた室内限定スマホ2台にiPad1台、MacBook Air2台がラインアップされた。新たに買い揃えたEPSONのスキャナー・プリンターと、首が上下に伸び縮みする大型モニターECRANとともにハード機材は一通り揃ったのである。

ただ、東京でスタートアップ事業を運営する長男の話などを聞いていると、単純な連絡機能に使っているアプリの名称さえ耳新しいものばかりだ。どうやらすでに先端にはついて行けていないことを自覚せざるを得ない。黎明期を切り開く役割に携わったものとしては、若干の寂しさも否定はできないものの、想像を超える進展は、大きな喜びに違いない。