国際カップル半世紀、満身不具合夫婦のフランス移住紀行ーその4

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■車を買う

もう一つの基盤整備は、こちらでの通常の生活を円滑に進めるための様々な準備である。

まずは足(車)の確保。

我々が住んでいるエリアは、銀行、郵便局、薬局からパン屋に高級惣菜店やコンビニ、さらに様々な専門の医者や歯医者まで、徒歩圏内にほぼ必要なすべてが揃っている。また、バスを使いこなせば、スーパーやショッピングモールから海辺のプロムナードやレストランまで出かけるのに、24時間2€(約240円)で乗り放題、何をするにも不自由はない。

ただ、食料品4〜5日分の買いだめや、時に身体の動きに問題がでるNADIAと一緒に外出するときには、やはり自分の車が必要となる。東京や富士山の別荘でも、長い間、車が当たり前の生活を送っていたせいもあって、まずは車を買おうということになった。

以前からフランスで長期滞在するときには、プジョーのTT transitのシステムを利用していた。

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フランス国外滞在者向けサービスで、日本で手続きができる。新車を買ってド・ゴール空港で受け取り、出国時に中古車として売る。金額は事前に決めてあり、差額を出国前に日本で支払うというシステムだ。1ヶ月以上利用する限りは、レンタカーに比べるとかなり安上がりだ。日本でこのシステムを利用できるのは、知る限りプジョーだけだった。したがって、何度も利用していると、自然に、買うならプジョーということになっていた。

佳鈴のパートナーの車はホンダだし、もともと友人から譲ってもらった小さなオートマのシトロエンを佳鈴に預けてもあった。それを使ってもいいのだが、オートマとはいえ、坂道発進で後退はするし、加速もいまいち。躊躇なくプジョーの新車を調達することにした。SKODAなどあまり聞いたこともない東欧製の車とか、日本に比べて車のブランドは、ヨーロッパ製だけでもやたら豊富だ。

 

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もともとさほど車に思い入れもなく、いちいち比較検討するのも面倒で、迷いなくプジョーのディーラーにでかけた。

翌年の春新発売予定の超高機能なハイブリット車や、かっこいいデザインの新車がたくさんラインアップされていたのだが、我々の切実な要望はとにかくすぐに入手できるもの。いろいろ、デザインや排気量の違うものなど検討したものの、一番早く手に入るものは、プジョー208 GT LINEのオートマ車で、黒の試乗車だけということがわかった。

 以前に比べてオートマ車も大幅に増えたとはいえ、未だにフランスの主流はマニュアル車だ。プジョーオートマ車トランスミッションは日本製だという。試乗車なので、値段も安くできるというし、オンボロシトロエンも下取りしてくれるというので、躊躇なくそれに決めた。

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10月13日(日)販売促進キャンペーン中のディーラーを初めて訪れて、その場で即決したことになる。

今のカーディーラーはローンやリース販売での利ざやで稼いでいる。ある意味金融業に近い業態になってしまっているようだ。したがって、ローンやリースでの購入を強力に勧めてくる。我々はキャッシュでもどちらでも構わないが、リタイアした外国在住者と外国籍の人間が、ローンやリースの信用審査に適合するものかどうか、常識的に考えてもかなり疑問だ。しかし、担当セールスマンはどうしてもローンかリースにしたいらしく、執拗に審査に応じるように勧めてくる。今更、年金収入などこんなところで証明する気もないのだが、自分の信用度合いを知っておいてもいいかとも思えた。帰宅後、いろいろ書類を揃えて提出したものの、案の定不適格。結局キャッシュで支払う契約にした。様々な証明や保険などの書類を揃えてから納車まで、最短手続きとはいえ12日後の10月25日にやっと受け取ることになった。納車といっても、自宅まで運んでくれるわけではない。ポンコツシトロエンで取りに行く。下取り車をこちらが納車したことになる。

自動車保険は、新車で、すべて込み年間€673.34。支払い時点でのレートで約80,800円。日本での無事故証明書も必要だ。すべての運転者がカバーされる。値引きはしてくれたが日本より少し高い感じもする。比較検討するだけの情報もあまりないのでとりあえずはこれに決めた。

車はコンパクトだが燃費も良く足回りもいい。地下のガレージは積年の荷物やガラクタが満載で、当面は路上駐車しかない。幸いビアリッツやバイヨンと違って、ここアングレットは市内全域ほぼ路駐が可能だ。

あとは、左ハンドル、右側通行にロン・ポワン(信号なしのロータリー交差点)での運転に早めに慣れなくてはいけない。交通標識も日本とかなり違うものもあるし、至るところにスピードバンプがあり、最初は緊張したが、運転はなんといっても慣れだ。

プレインストールしてあるナビシステム(GPS)は2〜3ヶ月も経つと、徐々に道路の規制や改修に追いつかなくなり始めてくる。今はスマホを繫いでWazeという無料のアプリシステムを使っているが、画面も正面のメインスクリーンに表示されるので、車掲載のナビシステムは必要がない。車メーカーもほとんどこの分野には力を入れていないようだ。

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一般的にフランスは運転のうまい人が多いとは思うが、マナーは自分勝手。ウインカー点けずに突然曲がったり、短い一方通行なら逆走なども平気で、怒鳴り合いも日常茶飯時。遠慮などしてはいられないのである。

先日一方通行逆走の車に向かって、通行人が浴びせた言葉には笑ってしまった。「お〜い、ここはマルセイユとは違うぞ!」。

私のように72歳を超えると、日本では免許証返納云々の話も出始めるころだが、こちらでは80歳過ぎでのマニュアル車運転もごく普通だ。もちろん、アクセルとブレーキの踏み間違いや、ぶつけたりこすったりも頻繁にある。しかし、皆そんなものだと思っているせいか、誰もさほど気にしない。

2000年から、日本の車検制度にあたるコントロール・テクニックが施行されて以来、以前よりはよほどましになったとはいえ、ホコリだらけ、擦り傷だらけは、どんな高級車でも一緒だ。わが愛車も2〜3ヶ月で、両側が擦り傷だらけだ。駐車中にいつの間にかつけられていたもので、とても新車とは思えない。

運転手付きの車でも所有していない限り、車にステイタス感を抱いたり、きれいに磨き上げる人など見たことがない。クラシックなオープンカーなんかは、比較的きれいにして乗っている方かもしれない。

むしろ、大型のオートバイの方が見栄えを競う傾向があるようだ。時々、ピカピカに磨き込まれたハーレイや、見たこともない改造インディアン、流麗なデザインのドゥカチ、トライアンフなどを見かけることがある。

しかし、今や2輪車の主流は自転車。電動自転車も増えた。街なかの主要道路にどんどん自転車専用道路が敷設されている。それは自転車用に自動車道路の幅が削られることを意味するので、すぐに渋滞が発生する。車の制限速度も切り下げられるし、スピードバンプだらけだ。そのせいでフランス車のサスペンションは丈夫にできていると聞いたことがある。狭い道が多いので、縦列駐車も縁石をこするぐらいにギリギリまで寄せる必要がある。スケボーやキックボードも急増していて、以前に比べて街なかの運転はかなり難しくなってきていることは事実だ。

逆に高速道路の運転は日本に比べると格段に楽に思える。ほとんどが片道3車線で、トラック類は右端車線走行をきっちりと守っている。合流車線も長く、4車線がしばらく続くので十分加速してから本線に合流できる。最高速度は130kmだが、前の車についていると気がつけば大きく140kmを超えていることがよくある。車は小型でも高速走行対応がしっかりしていて、サイドミラーの風切り音も少ないし、安定感もある。スピードオーバーに気が付かないのだ。何より東名などに比べると車の数が圧倒的に少ない。もっともバカンス時期のパリ周辺の渋滞は最悪ではある。

ともあれ、1〜2ヶ月、毎日運転すれば、フランス流の自動車運転事情にもすっかり慣れる。逆に日本に帰った時が心配だ。

長期滞在者にとっては、運転免許証も厄介だ。日本でとってきた国際運転免許証の有効期限は1年だ。日本に戻りさえすれば何度でも新しいものを発行してもらえるが、フランスでは1年以上の滞在者はフランスの運転免許証しか認められない。フランスの自動車学校か、ネットの教習課程を受講して正式に取得する方法と、もう一つは、日本の免許証をフランスのものに切り替える方法とがある。ただ、日本の免許証はその段階でなぜか没収される。EU全体の決め事で、テロ防止策として最近一律にそうなったらしい。もっとも日本に帰ればすぐに再発行は可能なので、私は当然後者を選んだ。ただ、必要な書類の整備がいろいろ厄介だ。日本から運転経歴証明書を取り寄せ、日本の運転免許証と一緒に法定翻訳家(traducteur assermenté)による翻訳版(traduction certifiée)が必要だ。翻訳そのものは、ネット上で法定翻訳家さえ見つけることができればそう難しいことはない。書類をスキャンして翻訳家に送れば、それを訳して法定翻訳認定スタンプにサイン入りのPDF版を送り返してもらえる。それでWEBでの申請は可能だ。実物は郵送してもらったものを後で県庁の窓口に一式そろえて持ち込めば用は足りる。翻訳料は運転免許証の裏面程度でも、A4版の経歴証明書でも1枚あたり€30。私の場合はトータル€90、約1万1千円程度だった。

証明写真も写真屋で頼めば、コード番号とQRコード付のデータを渡してもらえる。こちらのサインも入ったデータは写真屋の方からアップロードしてあるので、WEB申請時にコード番号を入力すれば、写真は添付しなくても済む。大きさも必要に応じて相手側で調整できるから便利だ。€10(約1200円)と若干高めだが汎用性があるので、安上がりかもしれない。

厄介なのはデジタル化が全く進んでいない日本側の方で、誰かに頼んで、自動車安全運転センターから運転免許経歴証明書を取り寄せてもらわなければならない。最近やっと英語版を発行してくれるようになったがすべて紙だ。とりあえずはそれをスキャンしたものを送って貰えば、翻訳とWEB申請までは間に合う。ただこのコロナ禍の影響で、あらゆる事務手続きが日仏両方で大幅に遅れていて、国際運転免許証の期限が来る9月27日までには到底間に合いそうもない。何しろ申請に必要な滞在許可証の取得自体が間に合っていないのだ。滞在許可証がなければ、そもそもその延長の申請ができないのだ。

今の入国制限が続く状況では、ビザ期限の10月2日以前に2人そろって日本に戻ることは全く目処が立たない。そして期限を過ぎたからといって、現実的に車の運転をやめるわけにはいかない。大きな手術も控えているのだ。

はてさて、どうなることやら。

もっとも、この1年、一度も運転免許証の提示を求められたことはない。

日本の国際運転免許証は不思議なことにサインはローマ字でと規定されている。私のサインはパスポートもクレジットカードやその他すべてのサインも漢字体だ。日本で国際免許証を発行してもらう際に、その旨質問したのだが、決まりがローマ字だと言うばかりで、理由などは答えてくれない。どこの運転免許センターでも毎回同じだ。こちらで万が一事故でも起こして、パスポートと免許証と両方の提示を求められた時はどうなるのだろう? 明らかにサインが違う。まあ、海外でのそんな事例は山のようにあるはずだし、今まで改めずに済んでいるということは、大して問題にもならなかったに違いない。

こんな時期は何事も楽観的に考える他ない。

どっちを向いても私に落ち度があってことが進まないわけではない。

知ったことか!という気分だ。

いつものスコッチBOWMOREをストレートでグビリと流し込む。うまい。